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踏ミ出シタソノ足ハ改

踏ミ出シタソノ足ハ改<第八話>

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〈8〉


 アンケートをクリアファイルごと手にとった。透明のファイルを通して、手書きの文字が透けて見える。それに焦点を合わせないようにしながらアンケート用紙を取り出し、裏向けにして膝の上にのせた。
 その上に手をのせる。
 ここで、アンケートを捲ってしまえば、あの時から止まっていた時間が動き出す。
 私を前に進ませまいと、ずっと後ろから引っ張っていたものから解放される。――いや、少し違う。向こうが引き止めていたのではない。私が引き止められていたのだ。
 あの時から前に進めなかったのは、自分がダメだったからだ。
 それだけで、すまそうとして来た。
 私はいままで、あのときに、オリジナルの現代コメディーを押した自分を恥じてきた。だから失敗したのだ。私には、そんなことを選択するような、力はなかったのだ、と。
 もう一度、自分で選択して失敗するのは嫌だった。
 けれど――そうじゃないのかもしれない。
 失敗したのは、選択のせいじゃない。その先だ。自分がずっとしたいと思ってきたことを、先生を押してでも選択したこと。それは結果としては間違だったけれど、私にとって大きな一歩になろうとしていたのかもしれない。
 ふと、今の飯岡と、昔の私の姿が重なった。
 必ず、最高に楽しい物になる。
 そう確信して、周りを巻き込んでまでやろうとしたことが、失敗する。その結果、前に進めなくなる。
そうなってしまう。
 ――飯岡には、そうなって欲しくない。
 でも、それを挽回するためには、なにかが足りない。私に足りなかったなにか。それを見つけなければいけない。
 答えまであと少しなのに、何も浮かんでこない。私は焦った。後二週間の間に、それが本当に浮かんでくるのだろうか。
「なんで、前に進めなくなったんだろう」
 口に出して呟いてみる。
 一人きりの部屋に、自分の声だけが響く。
 ふと、「前に進む」という表現が、随分と抽象的だということを思った。具体的な言葉に言い換えると、なんなのだろう。
 目標が見つからない。やる気が起きない。勉強ができない。夢が無い。生きている意味がわからない。
 そんなことを並べ立ててみて、やっぱり違うと思った。そうじゃない。そんな小さな事じゃなくて、もっと大きなイメージだ。
「――っと違う。こんなことじゃない」
 慌てて余計な考えを頭から切り離す。
 あの時、あの選択をしたことが大きな一歩になろうとしていたのだったら、なにがそれを最後まで踏み下ろさせなかったのだろう。
 何を忘れていたのだろうか。
 この二年間。自分が逃げ続けてきた感情は、大体つかめていた。それに該当する言葉を、自分の中で探す。
 そして、見つける。

「――悔しさ、かぁ」

 それをずっと押し込めていたのだ。 
 悔しい思いをしたくないがために、それを見つめず自分を責め、塞ぎこんだ。思い出を封印した。演劇とかかわらないようにした。なにかに挑戦することをやめた。自分で選び取ることをやめた。
 気づくととても単純なことだ。
 人は――好きなことをやろうと挑戦して、失敗して、悔しい思いをして、再挑戦することで前に進んでいく。
 変わっていくことは、何かを終わらせて、新しく何かを始めることだ。私は新しく始めようとだけはしていたけれど、中学の時のことを終わらせ切れていなかったのだ。
 たった、それだけのことなのだろう。
 誰でも言っていること。世間一般にありふれている答え。
 けれど、ありふれているからには理由があって、それが私のような人間がいるからだったのかもしれない。自分の失敗と向かい合えず、目を逸らし続ける人間、自分が本当に好きだったことさえ否定してしまう人間がいるから、こういった言葉は残っていくのだ。
 私にとっての遅すぎたリベンジは今だ。今しかない。
 あと二週間ある。 
 アンケートを手にとった。
 ずっしりと重い、というほどではないがそれなりの量がある。これだけの人が私たちの演劇を見て、感想を残してくれたのだ。そのことが、実感として手に伝わってきた。
 迷いもなくアンケートを表返す。そこに書かれた文字を目で追いながら、私は泣いた。身体が熱い。腕が震える。けれど、休まずに文字を追い続けた。
 初めて、悔しいという感情と共に、あの記憶を頭の中で再現した。

          ■□■

「マスター、久しぶり」
 ――っていっても、まだ一週間も経ってないけど。
 そう言いながらカフェ綺月のドアをくぐると、カウンターの奥でマスターがようと手を上げた。
 日曜日の午後。ゆっくりと寝て目覚めたその足で、ここに向かった。
「どうしたの?」
 前回の時にマスターが男であることが判明したものの、話す口ぶりはまるで変わらない。結局マスターが男にも女にも見えるのは変わらないので、正直なところどうでも良くなってしまった。
「ちょっと、宣言しにきた」
 そう冗談めかして言ってカウンター席に座ると、マスターが、
「いい目してるね」
 と言いながらカウンターに肘をついた。
「そんなの分かるの?」
「まぁ、一応ね。ほとんど勘だけど」
 マスターが笑う。私も笑った。本当に変わっていればいいのに、と思った。
「でね、宣言」
「なに?」
 マスターの目が鋭くなる。
 そっちこそいい目してる、と冗談を言いたくなった。けれども、それはまた今度にしておこうと胸の中にしまい込む。
「明日から――演劇に再挑戦する」
 本気でいいものを目指す。
 そう、はっきりと言った。
 マスターは何も言わなかった。そもそも「再挑戦」の意味が分かるかすら、微妙だ。
「紗綾は、変わろうとしてるんだね」
 しばらくして、マスターが穏やかな口調でそう言った。
「うん」
 頷くと、どこか愉快そうな表情になって、
「変わっていくことは、何かを捨てて何かを選びとることだよ。その捨てる覚悟はある?」
 今度はそう聞いてくる。
「うん」
「良かった。なら、大丈夫」
 私とクラスメイトでは、考え方が違うかもしれない。けれど、それでも私は、自分の経験を信じようと思った。最後だからこそ、本当の楽しさを追求して、文化祭を――演劇を終えたい。
 半分ただのワガママかもしれないそれが、最後の最後に決めた、私自身の選択だった。
 変わるための、最初の一歩だった。あとは、具体的な行動に移すだけだ。
 気づくところまでは簡単だった。私はもうずっと前から気づいていたのだ。それでも、行動することが怖かった。
 なにか、ちょっと特別なことをする自分、に甘えていた。けれど、今しかない。
「それじゃあ、また文化祭が終わったら来る」
 立ち上がると、
「あれ、もう帰る?」
 とマスターが不思議そうに言った。
 ――コーヒーの一杯くらい飲んでいきなよ。奢るからさ。
「ごめん、明日からしなくちゃいけないことを、家でまとめておきたいから」
 頑張る客に餞くらい送らせてくれよ、と笑ったマスターは、
「分かった。いつでも甘いモノが食べたくなったらおいで」
 と見送ってくれた。
 がらんがらんとなるカウベルの下をくぐって、外に出ると真夏の太陽がアスファルトに照りつけ陽炎を作っている。空には大きな入道雲がいくつか浮かんでいた。
 そろそろ梅雨も開ける。
 そうしたら、すぐに文化祭がやってくる。
 それまでの間に、どれだけのことが私には出来るだろうか。どれだけ足踏みすらして来なかったこの二年間を取り戻せるだろうか。
 ――それすら、最終的に決めるのは自分なのだろう。
 太陽に肌を焼かれながら、歩いて行く。
 踏み出した足が、乾いた音をたてる。
 その音を確かめながら、私はゆっくりと歩き続けた。





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