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踏ミ出シタソノ足ハ改

踏ミ出シタソノ足ハ改<第三話>

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〈3〉



 『Cafe 綺月《はづき》』は、この町の中でも特に古い地域にあり、古い瓦屋根の家が多く立ち並ぶ中で、ひときわ目立つ外見をしていた。洋館風の白い壁に赤い三角屋根。そこから突き出た煙突と、小さな窓。
(誰が、こんなところに、こんな家を建てたんだろう……)
 むしろ悪目立ちをしているとも言えるそれを見ながら、私はそう思った。
 青で縁取りされたガラスのドアを透かしてみると、店の中はクリーム色で統一されていた。道からは見えなかったが、ひとつ天窓が設けられているようで、店内は窓が少ないにもかかわらず明るい。
 入って正面に小さなカウンターがあり、その奥にいろんな材料が並べられているのが見て取れた。客席はその左奥だ。客の姿が見えないと思ったら店員の姿も見えない。不思議に思っていると、突然カウンターの奥でにゅっと人影が立ち上がった。この店のマスターさんだろうか。
 それを確認してからドアを押し開けると、上につるされたカウベルががらんがらんと、どこか間抜けな音で鳴った。
 ――いらっしゃいませ。
 そんな低いが太くはない声が耳の奥に響く。不思議な声だ。なんだか安心する。
 思わずその声を発した主の顔を見つめると、そこにいたのは、男性か女性かわからない人だった。
 女性的な男性と言われればそうにも見えるし、男性的な女性と言われればそうとも見える。
(どっちなんだろう……?)
 そんな疑問を口には出さないようにしながら、一人で席を占領するのも気が引けたので、カウンターに座る。
 メニューを取り上げると、それは全体がベージュで統一され、その上にさっきのチラシと同じ文字が連ねられている。ちょっと丸っこい、けれど読みやすくバランスのいい文字で、ほかにも小さな花のイラストなどが隅っこに書かれていたりする。これも手書きなのか、と思うとなんだか嬉しくなった。
「すみません、ミルクコーヒーください」
 一番シンプルなものを頼むと、
「ホットですか? アイスですか?」
 やはり不思議な声でそう返ってくる。 
「ホットでお願いします」
「はいよ」
 マスターは古臭い返事をして、ゆったりと準備を始めた。
 変な雰囲気がある一方で、どこか親しみやすい空気を持った人だった。
 やがて、カウンター越しに、湯気の立つコーヒーと牛乳の入っているらしい急須のようなものを渡された。ついで、小さなスプーンと小皿も渡される。
「味の好みは人それぞれだからね。自分で調整してみて。コーヒーは熱いけど、ミルクを入れたら丁度良くなるはずだから」
「はい」
 さっそく試してみる。
 一回目では苦すぎて、それに少し足したら丁度良くなった。ただ、飲むにはまだ少し熱い。スプーンで少しずつかき混ぜながら冷めるのを待った。
 マスターは、下は細身の黒いジーパン、上は黒のタートルネックと黒で統一していた。その上に、クリーム色のシンプルなエプロンをつけている。全体的に線が細く、髪は肩のところで切りそろえている。顔は、まさに中性的といった感じで、男であっても女であっても、綺麗という形容詞が似合う、すっとした上品な面立ちをしていた。
「――で、こんなところで何やってるの? キミ、学生でしょ?」
 その上品な顔が突然ゆがんだので、びっくりした。とても上品とは言えない、言いたくないけれどゴリラのような顔だ。
 思わずスプーンを手放してしまう。小皿に当たり、がちゃんと音がした。
「あ、すみません……」
 スプーンを置きなおしながら、とっさに言い訳を考える。
「……今日は代休なんです」
「何の?」
 明らかに信じていない口調で、返事が返ってきた。
 マスターの顔は、今度は額にすごい皺がより、目が細められ、口がすぼめられている。
 それを見ていると、なぜか言い訳するのもバカらしくなってしまって、私は起こったことをそのまま話すことにした。 
 知り合いではないからこその安心感、というものがある。何を話してしまっても、ここでのことは私の日常生活には影響してこない、という安心感。これは、途方もなく大きかったらしい。
 気づけば私は、日ごろから感じている焦燥感を含め、すべての悩みとも愚痴ともつかぬようなことをマスターに話していた。
 途中で自分で気づいたけれど、止めようという気にはならなかった。なぜなら、とても気持ちよかったのだ。安心して、自分の思っていることが口出せるというこの状況が。
 そして、マスターはとても聞き上手だった。
 元の顔からは想像もできないほどに表情をいろいろと変えながら、へえ、だの、そう、だの短い合いの手を入れてくれる。けれど、決して耳を傾けている様子を崩さない。そして、話を聞いていても全てに深く共感しているというわけではなく、ただ興味深そうに聞いてくれているのだ。
 それが、なぜか心地よかった。
 決して安易に共感はしないその距離感が、話しやすかった。
「ふうん、そうか……」
 私が話し終わると、マスターはそういって、ようやく真顔にもどった。
「そういう理由があるなら――」
 そこまで言って、ふと疑問を感じたように口に手を当てて止める。
「いや、そこまでの理由があっても学校には行った方がいいな。一応親の義務だし、親に金払ってもらってるわけだし、サボり癖がついたらあとで苦労するよ」
 説教臭くなく、ただの経験者の提案といった風だった。
「うん」
 少し冷め気味になっていたコーヒーを手に取りながら、うなずく。
「これ、飲み終わったらまた行くことにします」
「行ってどうするの?」
 さっきとは矛盾していると思ったら、違う角度からの質問だった。
「とりあえず、逃げ出してきたからまた戻ろうと思うんです。それで、さっきは言えなかったことを言います」
「自分がどうしたいか、を言う?」
「うん」
「なら、いいと思うよ」
 マスターは静かにうなずいた。
 話を聞いてもらっている中で、一つ気づいたことがあった。それは、どうやら私が、自分のしたいことを人に伝えるのが苦手らしい、ということだ。
 マスターはそれ以上何も言わずに、カウンターの奥で何かの作業を始めた。
 特製ブレンドだというこのミルクコーヒーを最後の一滴を喉の中に注ぎ込み、礼を言って立ち上がろうとすると、カウンターに小さな小皿に乗ったチョコレートケーキが出てきた。
「餞《はなむけ》」
 そう一言。
「ありがとうございますっ」
 勢い良く頭を下げて、かぶりつくと、ほろ苦い甘さが舌の上に溶けた。

          ■□■
  
 学校に戻ると、ちょうど昼休みになっていた。人がだいぶ出払った教室に入ると、残っていたらしい飯岡が驚いたように駆け寄ってきた。
「神井。頭……大丈夫?」
「……はい?」
 なんて失礼なことを言う奴なんだろう。仮にも表向きは途中で気分が良くなり、頑張って戻ってきたクラスメイトに対してそんな物言いしかできないとは見損なった。
 目付きを鋭くして見つめると、
「い、いやそうじゃなくて……その、頭が大丈夫かって、あの……」
 ずいぶんとと混乱しているようだった。
「――さっき、頭が痛そうだったからさ」
 そこで、ようやく納得する。
「心配ありがとう。でも大丈夫」
 ケーキのお陰だけどね、と心のなかで付け足した。「――で」と、飯岡の方をにしっかりと向き直った。戻ってきたら言おうと思っていた事があったのだ。今まで口に出せなかった、けれどカフェで変なマスターとしゃべったことで変な自信のようなものが心に芽生え、話せるような気がした――自分の望み。
「今日の朝のことだけど」
 そう口に出すと、飯岡の目がすっと真面目になった。その表情に一瞬、私は見とれた。こいつに、こんな表情ができたのか、と思った。気圧されそうになりながらも、なんとか自分の言葉を繰り出す。
「他に、知り合いで相談に乗れる人はいないの?」
 飯岡が引き締まった顔で、首を横に振る。
「いないなぁ。それに、うちには演劇部もないから学内にも相談できる人はいないからなぁ……」
 この学校に演劇部がないことは知っていた。
 だからこそ、この学校に進学したのだ。
「了解。なら、相談に乗ったりとかの協力はする。でも、演劇は、勉強があるからしっかりは参加できないよ」
 それに、私もちょっとやったことがあるだけだから、ぜんぜん何もできないよ。ほんとに、何もできないよ。
 そう付け加えてから、ようやく口を閉じた。
「……分かった。それで十分だ。あとは俺が勉強する」
 飯岡が噛み締めるように言った。
「それで、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」
 ゆっくりと、黒い瞳のその奥を見つめて私は言った。
「なに?」
「私が、演劇部に所属していたって話」
 そこで一旦息をつく。
「本当に啓に聞いたの?」
 私が中学の頃、演劇部に所属していたときの話は、啓にしかしたことがない。中学を卒業してから、引っ越しをしてこの高校に入学したので、その時の知り合いもいない。
 飯岡が不思議そうな口調で言った。
「――うん。確かに篠山に聞いたよ」
「その時、なにか話してた? 私が演劇部だったってことだけ?」
 勢いに今度は飯岡が気圧されながら、
「おう、それだけ。マジで」
 コクコクとうなずいた。
 それをしっかりと確かめた後、私は息をついた。
「……ありがとう」
 啓に確認に行こうか、どうしようか。あの不思議な友だちの考えていることは、私には分からなかった。
 飯岡は戸惑ったように頭をかく。
「なんでかよくわからないけど、どういたしまして」
 ああ、飯岡には今のやり取りのどこに意味があったのか、まったく理解できないだろうな、と思うとなんだか笑えてきた。一人でくつくつと笑っていると、
「な、なんだよ……?」
 飯岡が不満そうな顔をする。
「なんでもない。ただの、秘密」
 そういうと、もっと不満そうな顔をした。


 ――結局私は、啓のところに聞きには行かなかった。





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