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踏ミ出シタソノ足ハ改

踏ミ出シタソノ足ハ改<第二話>

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 〈2〉



 朝起きると最悪の気分だった。昨日に続き、今度は夢でまた、あの記憶を完全に再現してしまったのだ。
 あの時のことを思い出すと、私はどうしようもなく自分のことが嫌いなってしまう。結局目の前のことしか見えずに、人からの忠告も無視して、回りを巻き込んであんな選択をしたことに、吐き気すら覚えるほどだ。
 身の程知らずにもほどがある。
 私みたいな人間がちょっと考えたくらいで決めたことなんて、成功するはずもなかったのだ。

 毎朝早起きして朝日を見ることが習慣になったのは、去年のことだ。
 気づくと習慣になっていて、よほど体調が悪くない限り毎朝、日の出の十五分前に起きて川沿いサイクリングロードから朝日を見る。
 近頃の曇り続きにも関わらず、今日は久しぶりの晴れだった。
 朝日を見れば、気分もすっきりするに違いない。
 私は急いで着替えをして、家を飛び出した。
 
 やがてサイクリングロードに着くと、私はありえない光景に目を疑った。
(なんで……?)
 どうして、飯岡蓮がここにいるのだろう。
「……飯岡?」
 ようやく言葉を絞り出すと、
「き、奇遇だな。神井紗綾《かのいさや》」
 飯岡が五分刈りの頭を掻きながら、よお、と手を上げた。
 昨日から気分が落ち込んでいる原因をつくった張本人と突然出会うことになり、一気に憂鬱になった。
 明らかに不自然だ。何故にフルネーム。頭を掻いているあたりが特に怪しい。
 身構えながら、
「おはよう。どうしたの?」
 挨拶をする。すると、飯岡がさらりと言った。
「その、さ。演劇とか興味ある?」
 予想すらしなかった質問に、一瞬の空白が開く。
 次に思ったのは、――また、演劇か、ということだった。狙っているわけではないと思うけれど、もうやめて欲しい。
「ないよ」
 ぶっきらぼうにそう返すと、
「うん、分かった」
 飯岡は、動じずにそう言った。そして、そのまま土手に倒してあった自転車を起こして、ひょいとまたがった。
 用事はそれだけだったらしい。
「それじゃ」
 飯岡の姿が見えなくなった後に残ったのは、疑問符と、まとわりつく嫌な記憶だけだった。

 その日の学校で、また文化祭の出し物についての話が出た。
 そこで飯岡は、演劇の題材の案として現代コメディーの台本をだした。簡単にあらすじの紹介を聞くだけでも、おもしろそうな作品だった。
「最後なんだから、みんなで客を大爆笑させて終わろうぜ」
 飯岡がそういうと、クラスの大部分が食いついた。
 コメディーは難しい、やれるわけがない。私はそれを見ながら、そう思っていた。いや、コメディーとかの問題じゃない。演劇は難しい。素人がやった自己満足の演劇なんて、見て面白いはずがないのだ。
 終わって後悔する前に、止めておいた方がいい。
 そう思ったものの、結局口には出さなかった。
 決定は次の日にすると言って終わったものの、演劇に決まるのはもう目に見えていた。

          ■□■ 

 次の日の早朝。
 しばらく良い天気が続くとの予報はあたっていたらしく、薄水色のカーテンを透かして明るい空が見えた。
 靴をはき、ドアを押し開けると、澄んだ冷たい空気が起きたばかりの顔に触れた。吐いた息が、一瞬白くなって歩く後ろへ取り残されていく。
 しばらく田んぼの中を歩いて行くと、やがて土手につく。草が短く刈り込まれた斜面を、膝に手を添えながらゆっくりと上がり、ようやく上についたときには体も少し暖まっていた。
 東の空の下に横たわる山際が、逆光の中にくっきりとした空と地の境界線を造り出していた。まもなくそこから朝日がのぼる。すでに淡い虹のグラデーションがかかっている空には、まるできれいに梳いた羊毛のように縦長で薄くそろった雲が浮かんでいる。昼間に見れば真っ白に見えるのだろう。けれど今は、山の向こうからまだ顔を見せない太陽の光を先にうけて、下を眩しいほどのオレンジで染め上げていた。
 ほとんど毎日見に来ていても、この空がまったく同じ顔を見せたことは一度もない。その日その日で雲の種類も違い、場所も違い、太陽ののぼる位置も、そこから放たれる光の質までもが違う。
 けれどいつでも共通しているのは、太陽は必ずのぼるということだ。私たちがいくら明日が来ないと思っていようと、それでも太陽はその一日の始まりを告げるべく、その顔を地表に出す。それは雲があろうと関係がない。決して変わらないものだ。
 ――そんなことを思ったのはいつだっただろうか。ずいぶんと前のような気がするが、よく覚えていない。
「……あ」
 ふと、明るい日差しが瞼を通して目に届き、朝日が顔を出したことを告げた。同時に、自分がいつのまにか目を閉じていたことに気づく。
 のぼる瞬間を見逃したことを少し残念に思いながら目をあけたとき、ふと頭に浮かんだのは啓の将来の夢の話だった。それは、私の友達が着実に前に進んでいて、私が足踏みどころか足を動かしてさえいないことの、単純にして絶対な証明だ。
 途端に焦りにも似た感情が湧き出してくる。
 それを、
(啓は啓で――私は私だから)
 私は、今日もそっと、頭から振り払った。

「おーい、カノイー!」
 ふと、弾んだ明るい声が耳につく。しゃかしゃかというペダルを回す音が後ろから聞こえ、振り返ると、飯岡の乗った自転車がブレーキをかけたところだった。
「やっぱり、いた」
 わずかに息を弾ませながら、飯岡が言う。
(うわ……またか)
 面倒な奴がきた。その顔を見て、とっさにそう思う。どんな理由があるのかもしれないが、それでも、こんな朝早くから人のプライベートな時間に踏み込む事自体が非常識だ。
 いや、非常識とかそういった事よりも、ただこの空間に自分以外の人間が入り込んだ事に、怒りが湧いていた。
「また演劇のこと?」
 自分でも思った以上に、尖った声が放たれていた。
「うん」
 飯岡がすこし目を丸くする。そして、わずかに声を潜めて、話し出した。
「それについてなんだけどさ、今日、決定になってるだろ」
 一旦言葉を切る。
「それで、まぁこのまま演劇に決まるとは思うんだけどさ、その先の事を今考えていて……だな。うん」
 わずかに視線を外し、路上の石をつま先で転がしながら、言葉をつなげていく。
「その……、俺は一応言いだしっぺとしてリーダーになるつもりなんだけど、一人じゃ不安でさ。だから、一緒にリーダーになってくれとは言わないけど、ときどき相談させてくれねぇ?」
 一瞬、頭が真っ白になった。
「ちょっと……待って」
 とっさにそう言って、頭を必死で整理する。
 飯岡は、私に演劇のことを相談させて欲しい、そう言っているらしい。
「……なんで?」
 なんで、私を指名するのだろうか。
「ああ、ごめん。それ言ってなかった」
 飯岡は手を頭にやって、ペコリと謝る仕草をした。
「俺、啓――篠山啓と昨年同じクラスでさ。なんかいろいろ聞いたんだけど、うちのクラスで今まで演劇部にはいってたことのある奴って、カノイしかいないんだよな。だから……俺、演劇に関しては素人だし、そういった知識のある人のフォローは、絶対に必要だと思って」
 唖然とした。
 なおさら、やらないほうがいい。けれど、その言葉はなぜか、口からどうしても出てこなかった。喉のあたりで引っかかったように留められてしまう。そのうちだんだん口の中が乾いてきて、なんどつばを飲み込んでも治らなくなった。
 答えない私に、
「いま答えをくれと言っているわけじゃないから。でも、ちょっと考えておいてくれると嬉しい」
 と飯岡は言った。そして、サドルにまたがるとペダルに右足をかけ、一気に体重をかけて前へ進み始める。片手をハンドルから離してひらひらとふりながら、
「じゃあ、ありがとう」
 その姿が小さくなるのを見ていると、ふいに口からずっと言いたかった言葉が、ようやく飛び出してきた。
「無理、だよ。やらないほうが絶対いい」
 なぜ、言えなかったんだろう。
 それはいくら考えても分からなかった。ただ一つだけわかったのは、朝日を見に来たあとに、こんなにも後ろ向きな気分になったのは初めてということだった。
 こんな初めては、なにも嬉しくないのに。

          ■□■
 
 文化祭の出し物は、演劇に決まった。
 私は結局何も言わずに、話し合いの経過だけを見ていた。そんな中で、最後の年となる文化祭の出し物――演劇は始まったのだった。
「では、一応この演劇を進めてくれるリーダーを決めたいと思う」 
 前に立つ、黒スーツに青のストライプのネクタイを締めた担任が、チョークで黒板をコツコツ叩きながら言った。黒い黒板に白い跡が点々と残されていくのを見つめる。
「まぁ、生徒会と連絡を取ったりする、クラスの代表だな。一人、二人いれば十分だろう。まず、立候補。それで出なかったら推薦な」
 さっさとしろとでも言いたげな顔つきでクラス全体をじいっと見渡し、担任はチョークを手の中でもて遊んだ。次第にみんなの視線が、飯岡の方に集中していく。それをみて、担任が、
「お、この感じだとお前か?」
 すこし茶化すように言うと、飯岡は立ち上がった。
「はい、俺、やります」
 はっきりとした口調で言う。
 クラスが一瞬静かになったあと、わあっと盛り上がった。男子の一部から飯岡コールまで起こる。そんな中で飯岡はわずかに手を上げて歓声に応え、またそれが爆笑を呼んでいた
「イイオカ……飯岡と」
 担任が、無機質な文字で黒板に漢字を二つ並べた。
「――と、もう一人誰か行く奴はいるか?」
「俺、一人で大丈夫です」
 飯岡がそう言うと、一際大きな歓声が上がった。盛り上がるクラスの中で、飯岡は一人きわめて冷静なように見える。
「本当か?」
 あのテストの答案を見ていると、先生は不安だぞ、というくだらない冗談に、笑い声が上がる。飯岡がちらりとこちらに視線を流した。一瞬だけ、視線が合う。目くばせする飯岡に、なんだか意味も分からず目くばせを返した。
「はい、大丈夫です」
 そう言ったその顔は、とても自信に満ちて見えた。なんで、そんな表情ができるのだろう。私には、こんなことができるような気がしない。やっても無残な結果になるようなイメージしか、恥をかくイメージしか浮かんでこない。
(もしかして――)
 一つの考えが、頭に浮かび上がった。
 もしかして、さっきの視線は確認だったのではないだろうか。だとすると、あの自信を支えているのは、『私』だ。
 そう悟った瞬間、私の頭の中にはあの時のことが正確に再現されていた。私はダメだ。できない。やれるわけがない。
 湧き上がった感情は、自分自身にとっても不可解だった。
 ――怖い。ここに居たくない。
 意味もわからず、ただ湧き上がり続けるその感情を、膝の上に爪を立てて何とか耐えようとする。けれど、それはどうしようもなく身体を駆け上がり、頭までも一瞬で支配した。
 震えないように必死で制御しながら、手をあげる。
「すみません。気分が悪いので早退してもいいですか?」
 すこしたじろいだように「おお」と答える担任を確認するとすぐにノートをカバンに詰め、立ち上がった。大丈夫? とあがる声に「うん、ちょっと熱があるかも」と答え、教室を出る。
 とにかくどこかに行こうと思った。
 この恐怖から逃れられる、どこかに。
 学校を出て歩き出すと、ふと、電信柱に貼りつけられた一枚の手書きのチラシが目に飛び込んできた。それはカフェのチラシだった。ここからも歩いてそんなに遠くない。
(甘いものでも食べれば、楽になるかもしれない……)
 そう思うと現金なもので、私の足は自然とそこに記されていた住所の方向へと歩き出していた。

 学校を出たからか、飯岡から離れたからか、心はいつのまにかずいぶんと落ち着いてきている。心を圧迫していたものが少しずつ緩み始め、自分がなんであんなふうに感じたのかすら疑問に思うほどだ。
 けれども学校に戻る気にはとうていなれず、私は足をすすめた。



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