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踏ミ出シタソノ足ハ

踏ミ出シタソノ足ハ<第七話>

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【7】

 点呼が始まるぎりぎり前に、教室へ滑り込んだ。視界が、自然に啓と飯岡を捉える。私の視線に気づくと、ふたりはなぜだか辛そうに、目を伏せた。それは、私を怒っているような仕草ではなく、呆れているような仕草でもなく、なにか心のなかに疚しい思いを抱えているような、そんな仕草だった。
 そうして学校にいる間もずっと、私たちは目を合わさなかった。私から視線を送っても、ふたりは目を逸らし、私がふと視線に気づいてそちらを見た時には、既に目を伏せている。そんなことを、何度も何度も繰り返した。
 ほんとうに何が起こっているのかわからなかった。私はただただ困惑して、視線を送り続けた。

 学校が終わり、一気に教室は騒がしくなる。とても飯岡たちとは言葉を交わせるような気がせず、私は出来る限り早くに荷物をまとめ、教室を出た。
 家に帰るとまたうじうじと悩んでしまいそうな気がして、寄り道をしていこうと思った。ずいぶんと遠回りになるけれど、川沿いのサイクリングロードを歩こう。そう思って帰り道を変える。
 しばらく歩いてから適当に止まる。土手に三角座りをして、相変わらず大きな川の音を聞いていると、後ろから「神井」と声をかけられた。振り向くとそこには、飯岡がいる。
 慌ててはね起きて、「あ、ごめん」と反射的に謝った。――ごめん、ってなにが? そんな明るい返事は、聞こえて来なかった。
 見上げると、飯岡が今にも泣き出しそうな顔で私を見下ろしていた。
「ど……どうしたの?」
 いつも笑っているイメージしかなくて、初めて見る表情に私はますます戸惑った。何があったのだろうか。噛み締めた奥歯のあいだから、くぐもった声で、
「ゴメン。行けなくて」
 そう飯岡が言った。
「いいよ、風邪なら仕方ないし……というかそれより、私のほうが謝らなくちゃいけないからさ。ゴメン、HR全然進まなかった。また来週に持ち越しにしたけど大丈夫かな?」
 そこまでたてつづけに喋って、ふと目の前に落ちた水滴に気づいた。その源は、探すまでもなかった。飯岡の眼だ。
「違う……違うんだ」
 飯岡は、そう言って涙を拭った。けれど拭うよりも早く、涙が溢れていく。
「はい、ハンカチ」
 そう言って、白い無地のハンカチを差し出したのは、私ではなくいつのまにかその場にいた啓だった。彼女は泣いていない。けれど、その目には辛そうな色が浮かんでいた。
「そう、違う」
 啓が、言った。声はわずかに震えていた。
「彼が言っているのは、休んだ理由の方だから」
 それは、まるで彼女が、飯岡の事情を知っているような言い方だった。聞いた瞬間、心のなかに今まで感じたことのない黒い感情が沸き上がってきた。
「どうしたの?」
 やさしく促したはずの声は、自分でも知らぬ間に、大量の棘を含んでいる。
 啓にもらったハンカチを結局使わずに握りしめたまま、飯岡が私を正視した。その顔にあふれていた根拠の無い自信は、もうどこにも見当たらない。
「逃げたんだ。オレは、オレたちは……お前から、さ」
 そして、つっかえながら説明を始めた。

 ――啓がそれを思い出したのは、私が飯岡の話を啓にするようになってかららしい。啓は中学生の時に、飯岡と同じクラスになったことがあった。
 その頃も啓曰く、飯岡は今と変わらず――本当はサッカー部なんて入っていなくて――ただいつも、理想だけ唱えていた。
「飯岡は、口先だけなんだって、私は知ってた」
 啓は、ごめんと飯岡に断ってから、そう口にした。
 飯岡はいつもいつも率先して物事に取り組み、結局、中途半端になる。なんとか、話術の器用さでそれをごまかし、人の頑張りに乗っかって自分も頑張っているような、そんな満足感を味わっている。それを見ていたからこそ、啓は不安に思って「飯岡ってどんなヤツ?」そう聞いたのだ。
「オレだって、それくらいはわかってた。自分が口先ばかりで、何にも本気で取り組んだことがなくて、そんな最低野郎だって……でも、高校になったら変わろうって、そう思ってた」
 飯岡は、みっともないほどに涙をこぼしながらそう言った。
「変わりたかったんだ」
 そう繰り返す。
 そこまで聞いて、私は初めて自分が飯岡に言った言葉を思い出した。
 ――「いろんなことにどんどん挑戦して、行動して。凄いよ、ホントに」
 ――「ううん、挑戦できてる時点で凄いって」
 私が憧れていた飯岡は、本当の飯岡とは全然違っていたのだ。
「自分と違って行動できる、そう思って飯岡に憧れてる紗綾が傷つくのは分かりきってたから。だから、忠告しようと思って……でも今の飯岡のことを知らないから、それを確認しようって……そう思ってHRの前の日に、飯岡を帰り道で待ち伏せして」
 前に行った言葉に継ぎ足すように、啓は言葉を搾り出していった。こんなにも、整理されていない話し方をする啓を見るのは、初めてだった。
「でも……やっぱり飯岡は、なんにも変わってなかった」
 その言葉が放たれたとき、飯岡の顔がこれまでにないほど辛そうに歪んだ。
 それを見た瞬間、なぜ私が、飯岡とあんなにも早く打ち解けられたのか、分かったような気がした。私も飯岡も今の自分が嫌いで、「変わりたい」そう思い続けて、でも実際に変わる勇気が出なくて、結局変われないまま高校生活を終わらせようとしていたのだ。
 だからこそ、同じタイミングで文化祭というきっかけに飛びついた。
「卒業するまでに、絶対に変わってこうと思ってた。でも、実際にその一歩を踏み出す勇気が出なくて、その勇気をくれたのは神井だったんだ」
 私がなにも言わずに勉強してくる姿に、ずっと憧れていたと飯岡は言った。
「他の人が、どんなにダルイとか、カッタルいとか言っても、その中でなにも文句を言わずに勉強を続けてる。口先だけの自分と違ってすごいと思ってた」
 違う、私はただ、楽な方へ楽な方へと行こうとしていただけだ。
「むしろ、私は理想を口にできる飯岡に憧れてたんだよ」
 そう口にすると、飯岡は首を横に振って、辛そうな笑みを浮かべた。
 啓が飯岡と話しに行った日、やがて二人は口論になったという。
「変わりたいって理想を口にし続けるだけで、なんにも行動しないなら、ありのままの自分を紗綾に晒すか、それとも近づかないでくれって、そう言ったら、じゃあお前は今の自分で満足してるのか、変わりたくないのかってそう返された」
 啓が、いつの間にか落ち浮いた口調で言葉を紡いでいく。
 ――「満足してるよ」
 ――「嘘つけ、ならなんで神井に『私も応援する』なんて言ったんだよ。いつも神井がいない所で、文化祭とかどうでもいいってずっと言ってるよな。なのになんでだよ。本当は、文化祭を楽しんで参加できるような自分になりたかったんじゃないのかよ!」
 いつの間にか見透かされていた心に、啓は戸惑い、そして逃げた。
「本当は、そう思ってたんだ。アタシは人にあんまり関心が持てない。だからこそ素直に物事を応援できる人に憧れてた」
 ――アタシも変わりたかったんだ、ずっと前から。でも、変われなかった。変わってしまったら、自分が自分じゃなくなってしまうような気がして、結局自分の言った言葉から逃げた。
 そう、啓は呟いた。
 だから、オレたちは二人共、HRに行けなかった。いや、行かなかったんだ。ごめん。
 そう飯岡が締めくくった。

『変わりたい』けれど『変わる勇気』がなくて『変われない』。
 ただ行動してみることさえできなかった、究極のヘタレがここに三人いる。
 二人の顔を見ると、凄くみじめな容貌になっている。見えないけれど私もそうなのだろう。これだけみじめな人間が揃うと、それはそれで壮観なのかもしれない。
 ずいぶんと長い話しの後、静けさが場を支配していた。心のなかに渦巻いているのは、不思議な感情。それを、なんとか言葉にしようとして口を開く。
「結局さ、私達がやってたことって何だったんだろうね」
 言葉がするすると口を衝いて出る。
 相手を誤解して、一歩を踏み出そうとして、自分自身に失望して、挫折して、そうしていまここに集まっている。ふと、昔に誰かから送られた詩を思い出した。「終わりは始まり」そんな一節で始まる詩だった。
「いろんなことが始まって、終わって。それを繰り返していくことが、変わっていくことなんだって、いつかどこかで読んだことがある」
 今にも溢れ出そうとしているその感情は、なぜか肯定的なものだった。
 私たちは失敗した。挫折した。けれど、もしかしたらそれこそが、すでに――、

「なら、もしかしたら――私たちはもう、始まりと終わりを何周もしてるんじゃないかな」

 それは、私達がすでに一歩を踏み出せているのだと肯定しているのに他ならなかった。
 本当に私たちは、一歩を踏み出していなかったのか?
 違う。
 これまでも変わってこれなかったのか?
 違う。
ただ、それを認識していなかっただけだ。
「ちゃんと言えるか分からないんだけど
 私は、ふと心のなかで見つけた真理を口に出した。
「私達って、理想が高すぎて足元のことが見えてなかったんだと思う。自分で踏み出した一歩を、そのままなかったことにして、引っ込め続けてたから、前に進めなかったんだと思う」
 口に出すと、案外それが真理のような気がした。
 小さな始まりと終わりを見つけられるか、それが前に進んでいけるかどうかの分かれ目なのかもしれない。
「私もさ、なんの目標もなくてただ勉強をやってる自分が嫌いで、もしかしたら飯岡と一緒に居れば変われるじゃないかと思ってた。それで担当に立候補して、自分が変わってるって思えて嬉しかった。どんどん理想の自分に近づけてるような気がして。でも、HRで嫌な雰囲気になって、こんなことならやっぱり変わらなくてもいいって思った」
 息を深く吸う。
「だけど、そこまでを含めて、私は変われたんだと思ってる。小さな始まりと終わりだけど、その中で絶対に私は前に進めてるんだって、ほんの小さな一歩だけど、それでも確実に進んでるんだって」
 そこまで言うと、涙が目から溢れてきた。
「だから、みんな変わってたんだよ。ただ、それを見ていなかっただけで」
 ――それが、私達の始まりだ。




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