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週一短編企画

《第二回》『待たれる人の心構え』――(1)

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 大仕事を前に、彼女の胸は高鳴っていた。
 昨晩考えた挨拶と導入のための雑談を、何度も繰り返し呟く。やがてよし、と頷いて、彼女はその大きなビルを見上げた。
 その一角で今、宇宙パイロット試験の最終審査が行われているはずだった。
 ちらりと腕時計を見ると、地球標準で午後三時をちょっと過ぎたところだ。
 まもなく会議終了時刻。そこを出てきたところを捕まえるように、上司からは言われていた。
 彼女はいくら飲み込んでも湧いてくるツバをまた飲み込み、そうしてからようやく、ビルのエントランスへと足を向けた。

 案内される前に彼を見つけられたのは、幸運だった。
「あ、あの」
 彼女は、ためらいがちに、通路の奥へと消えようとしていた彼に呼びかけた。もちろんアポイントメントはとっていた。けれども、こうしてためらってしまうのは、自分がこれから父と子ほど年の離れた、一つの時代を作った人間と話そうとしているからだろう。
 彼相手にアポイントメントが取れる事自体が非常に稀で、その機会に抜擢されたのが自分だということも、彼女にはいまだに信じられていなかった。
「……はい、なんでしょう」
 彼がゆっくりと振り返った。低い、心地良い迫力を持った声が、空間を揺らして彼女へと届いた。
 誰もが見たことのある白い髭に覆われた勇猛な顔がこちらを向き直ったのを見て、彼女は思わず軽く息を呑んだ。深いシワの刻まれた顔には、はるか昔の大事故によってつけられたという火傷の痕がケロイド状になってまだはっきりと残っている。その奥から彼女を見つめる目は、彼女が思っていたよりも小さく、けれどもたしかに強い力を持っていた。
 それが様々な時代を乗り越えてきた第一級国家認定宇宙パイロットであり、今は国際宇宙パイロット委員会の委員長である彼――J ・ケイレンスの、目だった。
「あの、先日アポを取らせていただいた――」
「ああ、はい」
 息せき切って名乗ろうとするのを遮って、彼は言った。
「話は聞いています。場所は――」
 一瞬考えこみ、
「こちらでいいですか?」
 表情一つ変えずに、そう提案してきた。
 どこかに移動するものだと思っていたが、彼がここがいいというのであれば異論はない。新米である自分にこんな仕事が舞い込んできただけでも幸運なのだ。これ以上慌てたところを見せる訳にはいかないと、彼女は張り切って答えた。
「はいっ! よろしくお願いします」
 彼は、わずかに眉をぴくりと上げただけだった。
 彼女はカバンから小型の録音機を取り出すと、スイッチを入れ彼に向けた。別に録音したものをそのまま流すわけでもなんでもないのだが、つい意識していつもよりも丁寧にお辞儀をしてしまう。
「では、よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ」
 そして、取材は始まった。

          *

 J・ケイレンスは、老将という言葉がよく似合う、がっちりした体格の持ち主だった。寡黙な性格と鋭い眼光はまるで鷲のようであると、彼が現役のパイロットだったときには言われたという。前時代の宇宙開発において大きな功績を残し、教科書にも名前が出てくるほどの有名人だ。派手さはないが、彼の名前と顔を知らない人間はなかなかいない。
 そんな彼と対面していると思うと、彼女はとても冷静ではいられなかった。
 録音機を握りしめた手がじんわりと汗をかき、今にも滑って落としてしまうのではないかと、そんなことが心配になった。これは、相当に焦っているな、と自分で分析する。
 ――そうだ、準備してきた会話があるじゃないか、と彼女は思い出した。
 それなら、大丈夫だ。
「あの、実は私――」
 しかしそこまで言い終えたところで、彼女の言葉は突然走ってきた黒スーツの男によって阻まれた。彼は二言ほどケイレンスの耳に囁くと、軽く彼女に頭を下げてまた走り去っていく。
「失礼」
 とケイレンスが言った。
「なんの話でしたかな……?」
 すっかり出鼻をくじかれ、彼女は内心鼻をすすり上げた。しかしここで話を続けられないようでは、プロと言えない。グッと堪えて、また違う導入のための質問を繰り出した。
「つい先程、最終審査を終えられたわけですが、今年の感触はどうでしょうか?」
「ご存知だと思うが、審査についてはなにも答えられん」
 もちろん、答えが帰ってくるとは期待していなかった。
 宇宙パイロットたちの情報はA級の国家機密であり、こんなどこの馬の骨とも知らない若い女性記者に話してくれるはずなどないのだ。
「……やっぱりそうですよね。では発表を楽しみにすることにします。さて、今年も、ケイレンス委員長の後に続くどんな若いパイロットたちが誕生するのか、巷では注目を集めていますが、ここ数年突然注目度が上がりましたよね、これについてはどう思われますか?」
「……たぶん、タリートが活躍しているからでしょうな」
 その答えも、予測していた。
 タリート・ティエンガー船長は、三年前の最終審査の結果、過去最高の成績とともに宇宙パイロットに抜擢され、その人当たりの良さと深い見識、若さに見合わない卓越した判断能力で、一気に世界中のお茶の間の人気をさらった人物だ。もちろん、ルックスもそれなりのものを備えている。
 瞬く間に昇進し、今では、若干二十七歳という異例の若さで国営惑星間連絡船の船長を務めている。聞くところによると、毎日客にサインをせがまれる日々だとか。
 同じ有名人ではあっても、厳しく堅物のイメージのあるケイレンスとは、まるで対照的と言える人物だった。
「ああ! 確かに、彼の活躍によって一気に宇宙パイロットへの注目度は高まったとも言えると思います。でも、ケイレンス委員長も昔は大変ご活躍されたと聞きました。そこでお聞きしたいのですが、ケイレンス委員長は、なぜこの世界に入られたのですか?」
 しばらくの沈黙があった。
 相変わらず変わらない顔色の奥で、なにかが蠢いたような気が彼女はした。
 まだ明らかになったことのない、彼のシワの奥にある記憶に触れて良いのかどうか、彼女には分からなかった。ただ、それを聞くことこそが自分の仕事であるとわかるくらいには、社会人なのだった。
 現在、世界中に宇宙パイロットを志す少年少女は、数限りなくいるだろう。かつては彼女もその中の一人だった。しかしその夢を挫折してから、すでに十年以上が経つ。それでもこうして未練がましく宇宙のことを記事にしたいと思っているのは、自分の弱さだろうか。
「君は、ほんとうに綺麗なものを見たことがあるかね?」
 やがて彼が彼女の目をのぞき込むようにして、言った。
 心の底まで見透かされてしまうような気分になり、慌てて視線を斜め下に逃がしながら、彼女は必死で答えた。
「は、はい……」
 もちろん、頭の中にはなんの風景も浮かんではいなかった。
「昔――もう四十年も前の話だ。まだ、こんなに宇宙開発も進んでおらず、ましてや惑星間飛行なんていうのは、夢でしかなかった頃、一度、月に行く船に乗ったことがある」
「はあ」
 彼女には、そんな時代はなかなか想像できなかった。
 まだ彼女は二十三歳で、小さい頃にはすでに人類は月や火星上に基地を作り、さらにその先を目指して宇宙開発を続けていたのだ。かくいう彼女も、何度も月や火星には訪れたことがある。まだ本格的な移住は始まっていないが、それすらも時間の問題と言われていた。
「そこで見たんだ」
 彼はゆっくりと、這うような口調で続けた。
「ほんとうに綺麗なものを、な」
 しかし彼はその先をなかなか口にしない。彼女はしばらく待っていたが、やがておそるおそる、声をかけた。
「――“地球は青かった”ですか?」
「ああ」
 そう聞かれるのを待っていたかのように、彼はまた話し始めた。
「その時はな、しばらく声が出なかった。それほどに美しいものに出会ってしまったんだ。それで病みつきになった。どうせ仕事をするなら、そうやっていつでも地球が見れる職業に就きたい、そう思った」
 畳み掛けるように、彼は言葉を連ねた。
 彼女はこれまでこれほどに熱を持って話すケイレンスの姿を、見たことがなかった。TV等のインタビューで見る彼は、いつでも無表情で口調を崩さない、見方によれば冷たいとも言えるような人間だった。
「つまり、あなたはその時見た地球の美しさを求めて宇宙パイロットを志して、そしていまに至ると、いうことなんですね?」
 ケイレンスは何も答えなかった。
 ただ彼女の目をのぞき込んでいる。
 やがて頭の片隅がぼーっと熱くなり、意識が緩み始めた。彼女は自分は感動しているのだと、それからしばらくして気づいた。その理由は、おそらく自分がその美しさを知っているからだ。
 最初に言い損ねたことをやはり言おうかという考えが、ふと彼女の頭をよぎった。
「あ、あの、すみません」
 慌てて気持ちを落ち着かせようと、バッグから水を取り出して一杯口に含んだ。
 口の中が熱く、まるで蒸発していくかのように彼女は感じた。
「いや、違う」
 複雑な思いとともに水を飲み込んでいると、彼がそう言った。
「……え?」
 その言葉が、先ほどの一連の会話の続きであることを悟るのに、彼女は数瞬を要した。

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