スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←《第一回》『タイトル未定』――(2) →《第一回》『タイトル未定』――(4)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  • 【《第一回》『タイトル未定』――(2)】へ
  • 【《第一回》『タイトル未定』――(4)】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

週一短編企画

《第一回》『タイトル未定』――(3)

 ←《第一回》『タイトル未定』――(2) →《第一回》『タイトル未定』――(4)


〈3〉 


 気づけば、伊勢神宮の入り口にいた。
 だが、ぼくの知らない伊勢神宮だ。橋はあるが、写真で見たものよりも格段に小さく、黒々とした木々が覆う神社の一歩外にある広場では、巨大なたき火が焚かれていた。
 ふらふらと食事処を物色しつつ、人の流れにのっていくといつのまにかこの広場にたどり着いていた。途中でふと目にした標識には『伊勢神宮(外宮)』とある。
 歩き回っている内にすっかり冷えてしまった身体を暖めるべく、ぼくはそのたき火に近づいた。周りにはたくさんの人が集まって、写真をとったり談笑したりしている。また、たくさんの子供たちがそこらじゅうを走り回って遊んでいた。
 期待した心地よさは、やってこなかった。その代わりに圧倒的な熱量が身体を打ち、露出した部分が火傷しそうなほどに熱くなった。
 それでも意地を張ってその前にとどまり、燃やされている大木の根元が赤く明滅しているのを見つめていると、否応なしに自分がここに何をしに来たのかが思い出された。
 ゆっくりとあたりを見渡してみるも、当然ヤツは見当たらない。
 そもそもが無謀な計画だった。諦めて忘れるしかないかと、思考もそちらに傾き始める。
 ぼおっと目の前の火を眺めていると、その快活さがまぶしい。そうだ、いっそこの火で手紙を燃やしてしまえば、スッキリ爽快なのではないかと、そんな考えが頭に浮かんだ。
 やるとしたらどんなものだろう。
 一歩近づいてみる。それだけで顔を背けそうになった。けれど周りを見ると、もっと近づいている人が何人もいる。負けじともう一歩、一歩と近づいていくと、やがてサウナにいるのよりもキツくなった。
 なにくそ、あと一歩。
 半ば意地だけで足をすすめる。周りの声がだんだんと聞こえなくなってきていた。
「モチ、食う?」
 突然後ろから聞こえたその声は、やけに大きく響いた
 振り返ると、そこには小さな少年がいる。まだ小学生の低学年のように見える。ぶかぶかの黒いコートを着ていた。まるでコケシのように首から下が寸胴になっている。 
 少年は、変だな、とでも言うように首を傾げて見せもう一度言った。
「なぁ、モチ、食う?」
 そこでようやく彼の言っている内容が理解できた。
 ――モチ?
 モチなんてどこにあるのだろう。
 改めて少年をまじまじと見ると、手に小さな皿を持っていた。その上に乗っている、黒っぽいものがどうやらモチらしい。焦がしてしまったのだろうが――どうみてもほとんど炭化しているように見える。到底食えるシロモノには見えなかった。
「え?」
 一瞬遅れて、そんな言葉が出た。
 喋ってから久しぶりに、声を出したな、と思った。
 そして、まるで自分のものではないように感じられたその声が、突然僕を現実世界へと引き戻した。
 その次の瞬間、
「うわ、熱ッ!!」
 どこか遠いものだった感覚まで引き戻されて、僕は急いでたき火のそばから、半ばひっくり返るようにして離れた。ずっと振り返っていたせいか、首筋がとてつもなくヒリヒリした。顔もいたるところが火照って、痛かった。
「ああもう、痛ってぇ……。ちょっと、強すぎるだろ火が」
 文句をたれながら、年末の風で顔を冷やしていると、視界にまたあの少年が現れた。
 今度は、皿を捧げ持っている。それを僕の鼻先につきつけ、彼は言った。
「モチ、食べて!」
 案外しつこい性格のようだった。
 手の先に、冷たい砂利の感触が伝わってくる。少し手探りをして地面に落ちた手紙を掴むと、無造作にダウンのポケットに押しこんだ。
 そして、地面に手をついた体勢で、目の前の黒い物体を見つめた。それをぼくに突きつけた本人は、有無を言わさない必死の表情をこちらに向けている。
 その二つを何度か見比べた後、ぼくはため息をついてそれを手にとった。すでに冷え始めていて、すこぶる美味しくなさそうだった。
「これを……食べろと?」
 恐る恐るたずねると、少年は無邪気にうなずく。 
 マジかよ。
 ごくりとツバを飲み込んでから立ち上がり、それを持った右手を口へと近づけていく。
 必然的に鼻へと届く炭の香り。食べる前から口の中に広がる嫌な苦味。すでにがんの発生率が上がり始めているのが感じられるような気がする。
 いや待て。
 もしかして――もしかしなくても、ぼくがこの少年に従う理由は一つもないのではないか。いや、疑うまでもなく、まったくない。
 なんでぼくはこんなものを口にしようとしていたのだろう。
 口元からそれを遠ざけ、ぼくは少年に言い放った。
「嫌だよ、食いたくねぇって」 
 その時、お腹がなった。
 とてつもない音量だった。図らずもコントを演じてしまったことに気づき、
「いや、これは……違うから」
 慌ててフォローを入れるが、
「遠慮しなくていいって」
 少年は見逃してはくれない。にやにや笑いながらそういった。
 とっさに切り返そうとしたが、何も出てこず、ただ空気だけを吐く。
「おい、なにやってんだよ」
 その声は、すぐそばで聞こえた。
 視線を巡らすと、すぐ後ろに小柄なじいさんが立っている。ジーンズに煤けた茶色のコートを羽織り、口にはタバコを加えていた。肩に巨大なハエタタキのようなものを担ぎ、手には巨大なタッパーを一つ持っている。
「えー、だって……」
 少年が、悪戯が仕掛ける途中でバレた時のような――事実そうなのだろうが――きまり悪げな笑顔を浮かべて、答える。
 それでようやくじいさんがこの少年の知り合いなのだと分かった。
「だから、それはお前が食え、っていったんだろ?」
 じいさんは意地悪な笑みを浮かべる。
 それから、こちらに視線を移し、ひょこっと頭を下げた。
「すみませんねえ、連れが変なことをして」
「いえ……別に」
 妙な表現をする人だな、と思いながら、伸ばしてくる手に、モチを渡す。
「あーあ、こりゃひでぇ。お前が焦がしたんだから、お前が食うのが道理だろ。なんで人に押し付けてんだよ」
 外見からすると六十は越えているじいさんが、小学生のような口調でしゃべる。
 相変わらずもぞもぞとして、
「わかってるよ」
 と呟く少年に、
「冗談だよ、冗談。ノリのわからん奴だなぁ」 
 じいさんはそういって、そのモチを――いや炭を、たき火の中に投げ込んだ。
「こんなもん、食ったらガンになっちまうだろうが。ほら、新しく焼こうぜ」
 それから少していねいな口調になり、
「そちらの方も、どうです?」
 ぼくの方を見て、肩のハエタタキをゆらした。
 いえ、と断ろうとした瞬間に、またもやタイミング悪くお腹がやらかしてくれる。
 思わず頬が熱くなるぼくを見て、じいさんはひとしきり笑い、遠慮するこたあありませんよ、といった。
「モチはいくらでもありますから。それにお伊勢さんのどんど火で焼いたモチを食べれば、一年間風邪を引かないと言います」
 ようやく年寄りらしくなにかを思い出すように目を細めるじいさんを見て、断るのが申し訳なくなった。
 では、すみません、と頭を下げる。
「どういたしまして」
 にっこり笑うと、じいさんは肩からハエタタキを下ろした。 長い竹の棒の先に括りつけられているのが、金網だと分かった時、ぼくはようやくそれがハエタタキなどではなく、モチを焼くために作られたものなのだと気づいた。
 確かにあの熱さでは、とうてい近づくことはできそうにない。すごいアイデアだ。
 先ほどまでぼおっとしていて気づかなかったが、よく見れば回りにいる地元民とみられる人たちのけっこうが、形は違いこそすれ、同じような網を持っているのが見えた。
 しかし、じいさんの持っている網は、ほかのどの人のものに比べてもケタ違いに大きかった。
 たき火――いや、どんど火といっただろうか――にはすでにたくさんの網が差し込まれている。
「あ、それオレがやりたい!」
 さきほどの少年がひょいと首をのぞかせていった。
「ダメに決まってるだろ」
「なんで?」
「さっき任せたら、炭つくったじゃねえか。しかも、自分で責任を持って食べずに人様に押し付けようとするようなヤツに、この網は任せられん」
「えー、ケチ!}
「ケチもクソもあるか。お前は黙ってトイレでもいってな」
 えぇーと口をとがらせ、少年が走り去っていくのを見つめると、じいさんは地面においた網の上にタッパーから取り出したモチを次々とのせていった。
 それを見ながら、僕はふと先ほどから抱き続けていた疑問を口にした。
「あの、変なことを聞くんですけど、ここって伊勢神宮ですか?」
 さきほどの標識には間違いなく伊勢神宮と書いてあった。けれど、それにしてもここは、僕が事前情報からもっているイメージとはかけ離れていた。なにより人が少なすぎる。景色も違う。
「ああ、もしかして、初めて伊勢に来なさったのかな」
「え……はい」
「伊勢神宮は、外宮と内宮の二つに別れていて、その二つをあわせて正宮と呼ぶんだ。外宮は豊受大神宮といって、たべものを司る豊受大神を祀っている」
 じいさんは、まるで暗記しているかのようにスラスラといった。
 ――おかげ横丁などがあって、圧倒的に有名なのは内宮の方だけどな。大抵の人も、そこにいく。
 つまり僕は、いわば間違った方に来てしまったということらしい。
 心のなかに失望感が沸き起こった。これでは、ヤツに会えるはずがない。手紙は燃やせないのなら、ゴミ箱にでも捨ててしまおう。
 途端、一つのアイデアが浮かんだ。手がポケットの中をさぐる。
「あの、この手紙一緒にのせてもらえませんか?」
 ぼくは、くしゃくしゃになってしまった、封筒を差し出した。近づけないのなら、道具を使えばいいのだ。
 じいさんはしばらく黙ったまま、ぼくと封筒を見比べていた。やがてじいさんがつつっと近くによってきて、小声で聞いてくる。
「……失恋か?」
「違います」
 即答した。
「いやホントに、つまんないものなので、さっさと捨ててしまおうと思って」
「つまんないものなら、中を見ても――」
「ダメです」
 じいさんの皮をかぶった小学生か、この人は。
「ともかく、本当にもういらなくなったので、燃やしてしまいたいんです」 
 あらためて説明して、手をつきだすと、じいさんはようやくそれを受け取った。
 その瞬間、気持ちも、身体も、一気に軽くなったような気がした。ぼくの中に残り、最後の最後までずっとくすぶってきたヤツのかけらが、ようやく出ていったのだと思った。
「あのなあ」
 じいさんがいったその言葉に、ぼくはなんですか? と軽く答えた。
「言いにくいんだけどなあ、どういう事情があるのか知らねえが、一度頭を冷やしたほうがいい」
「いいんです、これで。そう決めてたから。燃やして下さい。もし無理というなら、ぼくが自分で捨てます」
 もう未練は断ち切って、、新しく前に進まなければいけない。いや、進みたいと思った。
 じいさんは、ぼくの気迫に押されたかのように、押し黙った。
 やがて、じいさんがいった。
 それはさっき聞いたばかりの言葉だった。
「あのなあ」
 そしてじいさんは、かなり薄くなった頭を掻いた。
「本当に人のことにあまり踏み込むつもりはないんだ。でもなあ、その目はダメだ」
「――目?」
 お前さんのその目だ、とじいさんはいった。
「そんな目をしたヤツが何人も、これでいいといって、歪んでいったのを見た。その目は――自分の心を欺いて、見ないようにしている人がするもんだ。今は気分が楽かも知れん。でもな、あとから少しずつ歪んでくるんだ。自分で自分を押さえつけている分だけな」
 ――こんなことをしても、結局忘れられねぇぞ。自分が忘れたくないと思ってるんだから。
 ゆっくりと穏やかにしゃべるその口調が、やけに癪に障った。説教なんかされたくなかった。
「はあ、意味わかんねぇよ!」
「分からなくていい。ただ、一度冷静になって――そうだ、もう御参りはしてきたのかな?」
 相変わらず穏やかに続けるじいさんに、ぼくは微かに横に首を振った。
「なら、一回いって来なさい。それだけで絶対に変わるから」
 その言葉には、有無を言わさない強さがあった。たかが十数年しか生きていないぼくなんかが異を唱える余裕をちらりとも感じさせないほどの、時間の重みがあった。
 言い返せなかった自分に腹が立ち、ぼくは何も言わずに背を向けた。直接向かうのは癪だったので、まずはトイレにいく。出てくるときにこっそり伺うと、じいさんは、モチを焼いているようだった。
 それを二度確認してから、ぼくは人の流れの中に紛れ込み、こそこそと御参りに向かったのだった。







関連記事


  • 【《第一回》『タイトル未定』――(2)】へ
  • 【《第一回》『タイトル未定』――(4)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【《第一回》『タイトル未定』――(2)】へ
  • 【《第一回》『タイトル未定』――(4)】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。