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特別小説

背負う感覚、背負われる感覚 《1》

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『背負う感覚、背負われる感覚』

 出会いは、ほんのちょっとしたことだった。
 大学のキャンパスを歩いていた僕の前で、転んだ女子大生がいたのだ。ジーパンに赤チェックのカッターシャツという、結構ワイルドな格好をして、髪を短く切りそろえている強気そうな人だった。
 あまりにも強気そうな人が普通に転んだものだから、思わず笑ってしまった。
 すると、
「笑うな」
 ボソリとそんな言葉が返ってきた。
 すみません、すみません、と謝ってもどうにも許してもらえそうになかったので、
「足、くじきましたか?」
 気遣ってみた。
 もしそうなら、持ち歩いている包帯とかで治療しようかと思ったのだ。
 そこで、はじめてまともに顔をあわせた。強気そうに見えるものの、痛そうに顔をゆがめているからか、ずいぶんと幼くも見えた。普段は大人っぽいけど、感情が動くと、すぐに幼く見えてしまうタイプなのかもしれない。
 彼女は、ふと何かに気付いたようにこちらの顔をじいっと見つめた後、
「おかげさまで、立てないほどね」
「足を出してくだされば、包帯くらいは巻きますけど」
 さすがに、さっき笑ったのは悪かったと思っているので、気負いのある言い方になった。彼女はまたはっとしたような顔をした後、うんと声に出さずに頷いた。さっきから、そんなに何かを思い出させるような顔をしているだろうか。
 しゃがんで観ると、くじいたらしい右足はずいぶんと腫れていた。
 湿布を貼って、包帯で足首を固定する。これでもう、これ以上足を痛めることはないはずだが、
「歩けますか?」
 彼女は、足を立ててみてすぐに顔をしかめ、
「無理。立つくらいしか出来なさそう」
 首を横に振った。
 どうやら、安静に出来る場所へと連れて行って、しばらく休ませた方がいいだろう。
 問題は、どうやってその『安静に出来る場所』へと彼女を運ぶかだ。とりあえず、人が多く行き交うキャンパス内は、安静にする場所として適切とはいえない。
「家、どこですか?」
 表通りまで何とか運んで、タクシーでも呼べばいいだろう。意図を掴みかねているのか、ちょっと混乱した顔で彼女が答えた住所は、意外と近いところだった。それなら、運んでいけるかもしれない。
「なら、そこまで届けますから、背負われるのとタクシーとどっちがいいですか?」
 どちらにしても、大通りまでは背負うことになるが。彼女は例の如く何かを思い出したような顔をしてから、躊躇するそぶりをみせ、その外見からは想像もつかないような弱々しい声で、
「……おんぶで」
 俯いてそう言ったのだった。
 膝をついて彼女を背負うと、妙に暖かい感触が背中に伝わってきた。予想以上に重かったけど、言うのはかわいそうだから止めておこうと思った。
 彼女を背負って歩いていると、妙に視線が集まる。ちょっと自分の姿を客観的に想像してみると、確かに浮いていた。さすがに恥ずかしくなって、後ろの彼女に「やっぱり、タクシーで帰りませんか?」そう聞いてみた。
 返事はない。
 おかしいと思って、振り返ってみると、彼女は肩に顎を乗せて熟睡中だった。なぜ、この状態で寝られるのかと不思議に思いつつ、起こすのも忍びないと思って結局家まで行くことにした。
 彼女が目の前で転んだ時、僕はちょうど講義を終えて、家に帰ろうとしていたところだった。その為、時間は夕方で、彼女を背負って歩いている今は、初秋という時期的にもけっこう薄暗くなっている。たまに吹く風が、結構ひんやりとしていて、そのたびに背中が熱く感じられた。
 僕は、なぜだかこの状況に既視感を覚えて、記憶を呼び起こした。そういえば封印していた記憶だったと気付いたのはその直後だったが、間に合わず、僕はおおよそ六年ぶりに紗枝のことを思い出していた。

         *

 永谷紗枝が僕こと山元一太の向かいの家に引っ越してきたのは、丁度僕が小学二年生のときだった。紗枝は白いふわふわのワンピースなんかをいつも着ていて、黒い長い髪をしていた。見るからに都会っ子って感じだった。僕と紗枝の家は、町の中でも二つだけポツリと離れたところにあった。だから、学校から家に帰るのも、遊びに行って一緒に帰るのも、いつも一緒になる。 
 紗枝は泣き虫で弱虫だった。そのくせ頑固で、女子なのにいつも僕たち男子について遊びたがった。最初のころは知り合いが僕しかいなくて、仕方なく連れまわしていたけど、いつでも足を引っ張る紗枝に、数ヶ月も経つと僕はちょっとうんざりし始めていた。
「僕たちの遊びは危ないから、弱虫の紗枝には無理だって」 
 いくらそう言っても、紗枝は首を横に振るばかりで、それが半年も続くとそろそろ僕も慣れてきた。一緒に遊んでいた友達たちは、もっと早くに慣れていたようだった。
 紗枝は、よく怪我をした。中でも転ぶのが一番多くて、そのたびに足をくじいて泣きべそをかく。そのたびに足に湿布を貼って、包帯を巻いて家までおぶって帰るのは家が近い僕の役目だった。その時、紗枝は決まって背中で気持ち良さそうに寝た。そのたびに何か落書きをしてやろうかと思い、かわいそうだから止めておいた。
 そのころから、僕の愛用のウエストポーチには、いつも湿布と包帯、それに消毒液とバンソーコーが入っている。
 紗枝がいつのまにか僕の日常に入り込んできて、三年後。僕達は小学五年生になって、来年は最高学年だと言うのに、やっぱり紗枝の弱虫と泣き虫は治らなかった。少し前までは気にならなかったのに、六年生になってから僕は、いつも紗枝に泣くなよ強くなれよ、と言っていた。紗枝が泣くと僕までなんだか恥ずかしかったし、足をくじいて歩けなくなった紗枝を運ぶのをはやされるようになったのもむかついていたからだ。そういうと、いつも紗枝は目を潤ませた俯き、うんと頷くのだった。
 進級が近付いてきた、二月。
 突然、紗枝が家にやって来て明日の夕方で引っ越すと言った。あまりに突然で、僕は呆然としてしまった。そして、次になぜか怒りの感情が湧いてきた。
「勝手に行けよ、弱虫! 嫌いだ!」
 そう言って紗枝を追い出して、ドアを閉めて鍵をかけた。
 むしゃくしゃして、台所にいるお母さんに、
「なんで教えてくれなかったんだよ!」
 八つ当たりをした。
 お母さんはわけ知り顔をして、
「あのね、紗枝ちゃんにそう頼まれたの」
 そう優しく言った。その優しさが気に食わなくて、無視して自分の部屋駆け込んだ。
 ベッドに入っていくら目を閉じても、どうしても眠れなかった。さっき紗枝に言った言葉と、お母さんの言った『紗枝ちゃんに頼まれた』ということがぐるぐると頭の中を廻っていた。
 改めて、明日に紗枝がいなくなると考える。想像もつかなかった。このままいなくなると思うと、急に怖くなって、ベッドから起き上がって鉛筆と紙を持って机に向かった。手紙を書いてやろうかと思ったのだ。
 いざ書き出してみると、いつも言っていることにしか出てこなかった。強くなれ、泣くな、転ぶな。そんなことしか。おかしい。紗枝とはもっと色々なことをしたはずなのに。でも、結局それ以上は何も書けなくて、眠りに就いた。
 朝起きると、紗枝がいなくなるという実感が強くなっていた。
 せめて一緒に学校へ行こうかと思ったけれど、それ以上に昨日自分が言った言葉が引っかかって、実行できなかった。
『嫌いだ』。
 なんで、こんな事を言ってしまったのだろう。
 学校に行くと、紗枝が今日引っ越すと言うことを先生が言った。みんながえーっと声をあげて、泣くヤツもいた。これから紗枝ちゃんにみんなで励ましの手紙を書こうと先生が言って、みんながいっせいに机に向かって手紙を書き始めた。ちらっと見た限りでは、紗枝は紗枝でなにか書いているようだった。
 僕は昨日の晩に自分が書いた手紙を、そっとカバンの中から取り出して眺めた。まだ封筒には入れていなかったのだ。どうしても、決心がつかなかった。
 ふと視線を感じてあたりを見渡すと、視界の隅で紗枝が顔を赤くしてさっと下を向いた。昨日ひどいことを言ったのに、なんでこっちなんか見るんだろうと不思議に思った。紗枝は、そのまま自分の書いている何かに集中してしまって、結局何も分からなかった。
 学校が終わる時、みんな紗枝に手紙を渡していた。泣いて握手をして、抱き合って。そんな光景を横目で見ながら、僕はどうしてもその中に入れず、そのまま先に家に帰った。
 家に帰って、また部屋に閉じこもって手紙を眺めた。
『嫌いだ』
 まだその言葉が、頭の中に繰り返し流れていた。その言葉が僕を縛り付けて、なにも行動させずにいた。
 時計を見ながら、そろそろ紗枝が帰ってくる時間だと思った。このまま、なにも出来ずに紗枝は行ってしまうのだろうか。
「一太、紗枝ちゃんよ」
 そういうお母さんの声が聞こえた時、思わず飛び上がりそうになった。急に胸が激しく鼓動を打った。そして、「おじゃまします」そういう紗枝の声が聞こえた時、それはさらに激しくなった。
 その時、ふとした妙案が頭に浮かんだ。
『嫌い』と言ったのなら、その逆を言えばいい。
 でも、その言葉をどうしても口に出す勇気がなくて、鉛筆で急いで手紙の最後にそう書きつけた。そして、そのまま用意してあった封筒の中に滑り込ませて、ふたをセロハンテープで止めた。
 その瞬間、ドアがノックされた。
「あ……どうぞ」
 妙にぎこちない返事に、これまたぎこちない動きで紗枝が部屋に滑り込んできた。手には、青い封筒を握っている。
 僕も手紙を手に立ち上がったけれど、気まずくて顔もあわせられなかった。
「あの……もう少しで行くから」
 紗枝がか細い声で言った。
「ああ」
「はい、これ」
 そして、青い封筒を僕のほうへと差し出した。反射的に、
「あ、じゃあこれ」
 こっちもセロハンで止めただけの白い封筒の手紙を、差し出した。
 お互いに、お互いの差し出している封筒を見つめ合った。しばらくの沈黙。そして紗枝が、躊躇しながら、口を開いた。
「あのね、この手紙は……次に会ったときに、お互いに開くことにしない?」
 小さい声だった。
「……え?」
 意味がよくわからなくて、聞き返した。紗枝はますます声を小さくして、
「また会えるようにっていう、おまじないなの」
 少し俯いて言う。
 また会うくらいならいつでも出来そうな気がしたけど、急いで書いたあの単語をこのあと読まれるのが、どうにも恥ずかしくて、
「お、おう」
 頷いた。
 そして、手紙を交換する。
 紗枝が手に持った封筒を見て、花が開くように笑った。
 そして、急にくるりと背を向けて、ドアを開け走り去った。しばらくそれを呆然と見つめた後、急いでその後を追いかけた。表に出ると、もう紗枝の家はからっぽで、色々な荷物を積み込んだ車がまさに発車しようとしていた。そこに向かって、
「連絡するからな!」 
 と叫んだ。すると、窓がするすると開いて、紗枝が顔を出して頷いた。その手には僕の手紙が握られていた。僕も手の青い封筒を見せて、振った。
 タイヤの回る音がして、少しずつ車が加速していく。それを、追いかけはせずにただ手を振って見送った。車はどんどんと遠ざかり、やがて角を曲がって見えなくなった。

          *

 彼女を背負って道を歩きながら、これだけなら良かったのにと呟いた。
 久しぶりに思い出した記憶は、まだまだ鮮やかに蘇ってくる。そして、鮮やか過ぎるがゆえに途中で止めてしまうことが出来なかった。
 ――紗枝が引っ越した後。
 僕の中に残ったのは、あの手紙に最後に付け加えた一言だった。時間が経って冷静になればなるほど、自分の中にその一言が大きくのしかかってきた。次に会ったらどうしよう。もし、紗枝が手紙を読むことになったら――。
 まだ読まれていないはずだとはいえ、いつかは読まれる。
 それを考えるだけで、悶絶してしまうほどだった。
 本当に、なんであんなことを書いてしまったのだろう。別に否定するだけでよかったはずなのに、なぜわざわざ逆のことを書いたのか。
 しばらく悩みぬいた挙句に、僕の取った手段は『忘れること』だった。紗枝だって引っ越した先の学校で友達を作るだろうし、そのうち僕のことも忘れるだろう。そう自分に納得させて、一連のことを記憶から抹消した。もちろん、最初のころはことあるごとにそれを思い出し、気まずい思いを繰り返していたが、時間がたつに釣れすこしずつそれは薄まっていき、やがて無意識の内に思い出すのをブロックできるようになった。
 美しかったはずの思い出は――これから続いていくはずだった思い出は、僕がへたれだったが故に気まずい思い出へと姿を変えたのだ。
「はぁ」
 久しぶりに胸にしこりの残ることを思い出してしまい、ため息をついた。
 目の前にはぼろいアパート。頭の中の地図と見比べて、どうやらここが目的地で間違いはなさそうだった。
「着きましたよ」
 そう背中の彼女に声をかける。空にはあと数日で満月、という微妙な形の月がのぼっていた。
「う……うん?」
 彼女が凄く眠そうな声をあげて、伸びをしたのが背中越しに感じられた。
「えっと……ここはどこ?」
「だから、家ですよ。部屋まで送りますから、場所を教えてください」 
 彼女はもごもごと場所を告げ、
「ありがと」
 そう、小さく呟いた。
「どういたしまして」 
 ちょっと嫌なことをも出だしたけど、別に彼女の所為じゃない。危なっかしい鉄筋の階段を上って、彼女に手渡された鍵でドアを開けると、
「はい」
 そこで彼女を下ろした。
「たぶん、ゆっくり立ったら進めると思いますよ。でも、無理に動かず、しっかりと冷やしてください」
「分かった」
 彼女は壁に寄りかかって立ちながら、軽く目を伏せた。そしてドアのノブに手をかけ、ふと思い出したように、
「私、平池。いつか御礼をしたいから、携帯番号教えてくれない?」
 名乗りつつ、携帯を出すのも大変そうなのでメモに書き留めてちぎって渡した。彼女はなにか納得したように目を瞑って頷いて、
「ありがと。すぐに電話かけるから」
 にっこりと微笑んだ。
 その笑顔が、どこかで見たことがあるような気がして、でも思い出せなかった。その程度なら、ただの偶然だろう。 
 僕は「では、またいつか」と手をあげて、アパートを出た。
 背中にはまだ、熱い感覚が残っていた。



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