On the Top of That Mountain(長篇)《連載中》
On the Top of That Mountain《間章1》第三話
《3》
昨日と同じ道を行く気にはならず、山とは反対方向に歩き出した。
僕の住むY市は、市の半分以上を山で囲まれたようになっている。市を円だとすると、その輪郭の半分が山になっているわけだ。僕の家は、その山に囲まれた半球部分の頂点にあり、その半球部分は、ほとんど田んぼになっている。
つまり、山の反対方向――市内に向かって歩いて行くと、しばらくはずっと田んぼとそれを囲む山が見えている状態がつづく。ただでさえ暑いのに、遮るものがないと本当に夏はきつい。しかし、突然田んぼがつぶされて建物ができるわけもない。
結局なにかというと――、僕はすでに帽子も持たずに家を飛び出して市内方向に向かっていることを後悔し始めていた。
べたつくシャツの襟元から空気を送り込みながら、だらだらと道を歩く。
いっそなら、このまま市内まで行ってスーパーでアイスでも買って食べてやろうか、と思った矢先に財布を持ってくるのを忘れたことに気づき、もうどうでも良くなった。
立ち止まってあたりを見渡すと、目の前に広がる田んぼの向こうに住宅街が見える。見えていても遠い。田舎というものはそういうものなのだと、越してきた時に存分に味わった。
両脇の田んぼの奥には、山が迫ってきている。
たまに、その中に入っていく道がいくつもあるところをみると、それらの山の中腹にも田んぼや家があるのかも知れない。
そういえば、こういう道に入ったことはなかった。
出てきたついでだ。冒険してやろう。
久しぶりに冒険熱がぶり返し、僕は道を右に折れ、入ったことのないその道を歩き出したのだった。
むろん、その間も蝉がうるさいほどに鳴き続けていたのは、言うまでもない。
その道は、農業道らしく古いアスファルトがしかれていて、ところどころひび割れが来ていた。特筆するようなこともないよくある光景だが、たまたま目に入って「やっぱり」と少しだけ思う。
田んぼをぬけ、山の方へと入っていくと、蝉の声が一気に増した。これだけいると、もう捕まえる気すらなくなってしまう。とりあえず、この奥を目指してみよう。
両脇に生える広葉樹をちらりと見上げる。その奥に、杉や檜などの人工林が広がっているのが、わずかに確認できた。道路はそれらが太陽光を遮ってくれているおかげで、随分と涼しくなっていた。目の前の道は少し進むと上り坂になり、おおきくカーブしている。
「ふう……」
思わず、息が漏れる。
火照った身体から、熱が抜けだしていくようなそんな感覚にかられながら、影で一休みした。林の中を通り抜けてきた風邪が、汗を乾かし、身体を冷やしていく。
――天国だ。
割りと本気にそう思った。
「……だね」
ふと甲高い子どもの声が、耳をついた。
僕の進もうとしていた道の先――つまり山の方から聞こえる。もしかしたら、ここで遊んでいる子どもがいるのかもしれない。
ぱたぱたという足音が次第に大きくなってきた。それと同時に、声も次第に鮮明になる。
反射的に手に持った網を背中の後ろに隠しそうになった。しかし、むしろそちらのほうが怪しいかもしれない。別に、この歳であっても、蝉取りをして悪いということはないだろう。
「――あ!」
山から駆け下りてきたのは、二人の小さな男の子と女の子だった。僕を見て、ブレーキ音でも鳴りそうなほど靴底を消耗させながら、あわててとまり、男の子の方が声を上げる。
まだ幼稚園くらいだろうか、二人そろって白いTシャツを着て、ラフな短パンをはいている。真っ黒に日焼けした身体に、それぞれ包丁のようなものと鋸《のこぎり》、それに鍬《くわ》を抱えていた。
――ちょっとまて。
それは、こんな歳の子供が持つようなものじゃない。いくらなんでも、危なすぎる。
親の手伝いをしていて家に持って帰っておけと言われたのかもしれない、という推測は、
「言わないで!」
突然放たれた女の子の叫び声によって、あっさりとなくなった。
「――え?」
「わ、わるいことをしてたわけじゃないからっ!」
そんな女の子の叫びに、男の子も叫びだす。
「ばんぜんのちゅういをはらっていたから、だいじょうぶなんだ!」
自分の背丈よりも大きい鍬なんかを抱えながら、必死で叫ぶその様子は、彼らには悪いがとても微笑ましかった。かわいい、というのはまさにこういう人たちのことを言うのだろう。
しかし、反応に困った。
僕は、どう言葉を返せばよいのだろうか。その後もいくつか――僕にとってはまるで意味の分からない――叫び声をあげた後、僕の方を真剣に見つめる彼らを見ながら、ほとほと困った。
言動から察するに、彼らはこっそり家からあの鋸とかを盗み出し、遊ぶのに使ったのだろう。木を切って遊んだのかもしれないし、秘密基地でも作ったのかもしれない。それはそれでいい。けれど、問題なのは、どうやら僕を警戒している彼らに対して、僕がどういう反応をするべきか、というものだ。
そういう危ないものを勝手に持ち出してはいけない、と怒るべきか。
言いつけたりしないから安心していいよ、と言うべきか。
そもそも、僕と彼らは初対面なのだ。僕が何かを言うべきなのかすらわからない。
こちらに越してきたとき、こういった初対面の人からの距離感に対して、少し戸惑ったのを思い出した。特に子どもだ。僕の覚えている小さいころ、というのは、何か悪いことをしてそれを見ず知らずの人に見られたとしても、たいていの人は関係ないから無視する、という変な安心感とも不安ともつかぬものがあった。しかし、今の彼らのように、ここらあたりの子どもというのは、初対面の人であったとしても、『関心を持たれている』というのを結構前提としているらしい。でなければ、いくら小さくても、初対面の人間相手に突然弁解を始めたりはしないだろう。
なかなかものを言わない僕に、不安を覚えたのか女の子の方がこそっと男の子の後ろに隠れる。一方の男の子の方は、やけに落ち着いた様子で構えていた。状況になれているという感じだ。
とりあえず何か言おう。しかし何を言えばいいのか……。果て無く続く自問自答の中から搾りだした言葉は、
「や、やあ」
だった。
一瞬――空気が凍った。
そして次の瞬間、僕の前で笑いがはじけた。二人とも、僕の顔を見つめて――よほどまぬけな顔をしていたのだろう――ふきだしたあと、おかしくて仕方がないといった様子で笑い続ける。あまりに体をゆするので、自分が笑われたことへの感情よりも、彼らの手に持った刃物が危なっかしくて気になった。
「……おーい」
気持ちよく笑っているところ申し訳ないが、声をかける。けれど、まるで笑い止めようとしない彼らに、僕は一応叫んでおくことにした。
「そういうものを持ってるなら、ちゃんと気をつけろよ」
二人はびくっと肩をすくめたあと、こちらをむいて声を揃えた。
『はーい』
気持ちの良い奴らだと思った。
兄弟だろうか。
僕がそれ以上何も言わないでいると、危険がないと察したのかまた二人は走り出した。また休むことなく話し出したその声が、蝉の声に紛れて響く。横をすり抜け、たったいま通り抜けてきた道を走っていく彼らを見送ってから、ふと近くで鳴いていた蝉の声がやんでいることに気づいた。
足音のせいだろうか。
「そっちには、いかないほうがいいよー」
後ろからさっきの男の声が聞こえた。みると、立ち止まってこちらをむいて手を口に当てている。
「いっちゃだめだよ」
女の子の方もそう叫んでいる。
どういう意味だろうか。この先になにか、僕に見せたくないものでもあるというのだろうか。とりあえず、ほおっておくと、戻ってきそうな勢いだったので、
「分かった!」
叫び返すと、
「ぜったいな」
とすこし威張った声が言った。そして、またくるりと背を向けると、走り出す。不釣り合いな刃物たちが、よけいに危なっかしく見えた。
目の前の道を、改めて見つめる。進むべきだろうか――どうだろうか。実際のところ、彼らの言っていたことはたいしたことではないだろう。しかし、そもそも目的をもってここに来たわけではない。もし彼らが僕に見せたくないものがあるとすれば、それが何なのか少し気になるが、それ以上の理由はない。それなら、家に帰った方が得策というものだ。
「帰るか……」
すっかり火照りの治まった身体を反転させ、来た道を戻ろうとしたときのことだった。
「……まって~」
後ろから足音とともに、そんな声が聞こえてきた。今度はもっと年上の女の声だった。思わずついさっき去って行ったばかりの彼らを重ねる。
もしかして、お母さんか誰かだろうか。僕はゆっくり振り返った。
《第四話へ》
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昨日と同じ道を行く気にはならず、山とは反対方向に歩き出した。
僕の住むY市は、市の半分以上を山で囲まれたようになっている。市を円だとすると、その輪郭の半分が山になっているわけだ。僕の家は、その山に囲まれた半球部分の頂点にあり、その半球部分は、ほとんど田んぼになっている。
つまり、山の反対方向――市内に向かって歩いて行くと、しばらくはずっと田んぼとそれを囲む山が見えている状態がつづく。ただでさえ暑いのに、遮るものがないと本当に夏はきつい。しかし、突然田んぼがつぶされて建物ができるわけもない。
結局なにかというと――、僕はすでに帽子も持たずに家を飛び出して市内方向に向かっていることを後悔し始めていた。
べたつくシャツの襟元から空気を送り込みながら、だらだらと道を歩く。
いっそなら、このまま市内まで行ってスーパーでアイスでも買って食べてやろうか、と思った矢先に財布を持ってくるのを忘れたことに気づき、もうどうでも良くなった。
立ち止まってあたりを見渡すと、目の前に広がる田んぼの向こうに住宅街が見える。見えていても遠い。田舎というものはそういうものなのだと、越してきた時に存分に味わった。
両脇の田んぼの奥には、山が迫ってきている。
たまに、その中に入っていく道がいくつもあるところをみると、それらの山の中腹にも田んぼや家があるのかも知れない。
そういえば、こういう道に入ったことはなかった。
出てきたついでだ。冒険してやろう。
久しぶりに冒険熱がぶり返し、僕は道を右に折れ、入ったことのないその道を歩き出したのだった。
むろん、その間も蝉がうるさいほどに鳴き続けていたのは、言うまでもない。
その道は、農業道らしく古いアスファルトがしかれていて、ところどころひび割れが来ていた。特筆するようなこともないよくある光景だが、たまたま目に入って「やっぱり」と少しだけ思う。
田んぼをぬけ、山の方へと入っていくと、蝉の声が一気に増した。これだけいると、もう捕まえる気すらなくなってしまう。とりあえず、この奥を目指してみよう。
両脇に生える広葉樹をちらりと見上げる。その奥に、杉や檜などの人工林が広がっているのが、わずかに確認できた。道路はそれらが太陽光を遮ってくれているおかげで、随分と涼しくなっていた。目の前の道は少し進むと上り坂になり、おおきくカーブしている。
「ふう……」
思わず、息が漏れる。
火照った身体から、熱が抜けだしていくようなそんな感覚にかられながら、影で一休みした。林の中を通り抜けてきた風邪が、汗を乾かし、身体を冷やしていく。
――天国だ。
割りと本気にそう思った。
「……だね」
ふと甲高い子どもの声が、耳をついた。
僕の進もうとしていた道の先――つまり山の方から聞こえる。もしかしたら、ここで遊んでいる子どもがいるのかもしれない。
ぱたぱたという足音が次第に大きくなってきた。それと同時に、声も次第に鮮明になる。
反射的に手に持った網を背中の後ろに隠しそうになった。しかし、むしろそちらのほうが怪しいかもしれない。別に、この歳であっても、蝉取りをして悪いということはないだろう。
「――あ!」
山から駆け下りてきたのは、二人の小さな男の子と女の子だった。僕を見て、ブレーキ音でも鳴りそうなほど靴底を消耗させながら、あわててとまり、男の子の方が声を上げる。
まだ幼稚園くらいだろうか、二人そろって白いTシャツを着て、ラフな短パンをはいている。真っ黒に日焼けした身体に、それぞれ包丁のようなものと鋸《のこぎり》、それに鍬《くわ》を抱えていた。
――ちょっとまて。
それは、こんな歳の子供が持つようなものじゃない。いくらなんでも、危なすぎる。
親の手伝いをしていて家に持って帰っておけと言われたのかもしれない、という推測は、
「言わないで!」
突然放たれた女の子の叫び声によって、あっさりとなくなった。
「――え?」
「わ、わるいことをしてたわけじゃないからっ!」
そんな女の子の叫びに、男の子も叫びだす。
「ばんぜんのちゅういをはらっていたから、だいじょうぶなんだ!」
自分の背丈よりも大きい鍬なんかを抱えながら、必死で叫ぶその様子は、彼らには悪いがとても微笑ましかった。かわいい、というのはまさにこういう人たちのことを言うのだろう。
しかし、反応に困った。
僕は、どう言葉を返せばよいのだろうか。その後もいくつか――僕にとってはまるで意味の分からない――叫び声をあげた後、僕の方を真剣に見つめる彼らを見ながら、ほとほと困った。
言動から察するに、彼らはこっそり家からあの鋸とかを盗み出し、遊ぶのに使ったのだろう。木を切って遊んだのかもしれないし、秘密基地でも作ったのかもしれない。それはそれでいい。けれど、問題なのは、どうやら僕を警戒している彼らに対して、僕がどういう反応をするべきか、というものだ。
そういう危ないものを勝手に持ち出してはいけない、と怒るべきか。
言いつけたりしないから安心していいよ、と言うべきか。
そもそも、僕と彼らは初対面なのだ。僕が何かを言うべきなのかすらわからない。
こちらに越してきたとき、こういった初対面の人からの距離感に対して、少し戸惑ったのを思い出した。特に子どもだ。僕の覚えている小さいころ、というのは、何か悪いことをしてそれを見ず知らずの人に見られたとしても、たいていの人は関係ないから無視する、という変な安心感とも不安ともつかぬものがあった。しかし、今の彼らのように、ここらあたりの子どもというのは、初対面の人であったとしても、『関心を持たれている』というのを結構前提としているらしい。でなければ、いくら小さくても、初対面の人間相手に突然弁解を始めたりはしないだろう。
なかなかものを言わない僕に、不安を覚えたのか女の子の方がこそっと男の子の後ろに隠れる。一方の男の子の方は、やけに落ち着いた様子で構えていた。状況になれているという感じだ。
とりあえず何か言おう。しかし何を言えばいいのか……。果て無く続く自問自答の中から搾りだした言葉は、
「や、やあ」
だった。
一瞬――空気が凍った。
そして次の瞬間、僕の前で笑いがはじけた。二人とも、僕の顔を見つめて――よほどまぬけな顔をしていたのだろう――ふきだしたあと、おかしくて仕方がないといった様子で笑い続ける。あまりに体をゆするので、自分が笑われたことへの感情よりも、彼らの手に持った刃物が危なっかしくて気になった。
「……おーい」
気持ちよく笑っているところ申し訳ないが、声をかける。けれど、まるで笑い止めようとしない彼らに、僕は一応叫んでおくことにした。
「そういうものを持ってるなら、ちゃんと気をつけろよ」
二人はびくっと肩をすくめたあと、こちらをむいて声を揃えた。
『はーい』
気持ちの良い奴らだと思った。
兄弟だろうか。
僕がそれ以上何も言わないでいると、危険がないと察したのかまた二人は走り出した。また休むことなく話し出したその声が、蝉の声に紛れて響く。横をすり抜け、たったいま通り抜けてきた道を走っていく彼らを見送ってから、ふと近くで鳴いていた蝉の声がやんでいることに気づいた。
足音のせいだろうか。
「そっちには、いかないほうがいいよー」
後ろからさっきの男の声が聞こえた。みると、立ち止まってこちらをむいて手を口に当てている。
「いっちゃだめだよ」
女の子の方もそう叫んでいる。
どういう意味だろうか。この先になにか、僕に見せたくないものでもあるというのだろうか。とりあえず、ほおっておくと、戻ってきそうな勢いだったので、
「分かった!」
叫び返すと、
「ぜったいな」
とすこし威張った声が言った。そして、またくるりと背を向けると、走り出す。不釣り合いな刃物たちが、よけいに危なっかしく見えた。
目の前の道を、改めて見つめる。進むべきだろうか――どうだろうか。実際のところ、彼らの言っていたことはたいしたことではないだろう。しかし、そもそも目的をもってここに来たわけではない。もし彼らが僕に見せたくないものがあるとすれば、それが何なのか少し気になるが、それ以上の理由はない。それなら、家に帰った方が得策というものだ。
「帰るか……」
すっかり火照りの治まった身体を反転させ、来た道を戻ろうとしたときのことだった。
「……まって~」
後ろから足音とともに、そんな声が聞こえてきた。今度はもっと年上の女の声だった。思わずついさっき去って行ったばかりの彼らを重ねる。
もしかして、お母さんか誰かだろうか。僕はゆっくり振り返った。
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Re: 読みました~
> 男の子と女の子が一体何をしていたのか気になりますね~。
>
> 次回も楽しみにしてます!
次回は、どうなるんでしょうか……。
自分も教えて欲しいほどです。
いつもコメントをありがとうございます。とても励まされています。
ではでは~