草を食む時間 ~The Grazing Time~

物書き絶賛修行中の学生ことgrhoが拙い小説をUPしていくブログです。小説は「Novel list」より一覧を見ることができます。日記は「DIARY」、「通常ブログ画面」よりご確認ください。ご意見ご感想お待ちしております。初めての方はまず「http://idlaviv.blog.fc2.com/blog-entry-20.html#end」←をご覧ください

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はじめに

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はじめに


当ブログにお越しいただき、本当にありがとうございます。
管理人ことgrho(ぐらほ)です。
当ブログは、物書き修行中のgrhoが、うまい小説を書けるように切磋琢磨していく中で、作品をアップしたりちょっとした近況を書いたりする場となっています。基本的に、小説関係の愚痴などや、その日にあったことなどの日記をアップしつつ、たまに小説を更新していく、そんな感じの予定です。



※当ブログ内にあるすべての作品の、無断転載は禁止します。必ず、メールフォームより連絡をお願いします。

※物書き修行中の身ですので、厳しめのご指摘から、読んだよ~くらいの軽いコメントまで、なんでも大歓迎です。誤字などの報告も、大変嬉しいです。

※当ブログはリンクフリーです。じゃんじゃんリンクしちゃってください。相互リンク、ブロともも募集中です。



現在、連載中の作品は「On the Top of That Mountain」の一作品です。
これは、自分の「連載」ということへの初挑戦となる作品ですが、高校生の男子が主人公のとある田舎町を舞台にした青春モノとなっています。青春モノですが、ほとんど学校は出てきません。
自分でもどうなるか分からず、試行錯誤で進めています。
第一章が終わり、間章1を連載中です。更新は毎週日曜日の夜10時以降となっています。
ときおり自分の都合で変わりますが、基本的にはそのペースを守っていこうと思っています。

その他、このブログにある作品は、基本的に現代が舞台で高校生が主人公になります。
それは簡単に言うと、grhoが一番共感しやすい年代を選んでいるからです。

現在の時点(2012年2月25日)で、当ブログには
長編作品が二つ。
短編作品が一つ。
その他掌編が3つ。散文が4つ。
たまに期間限定で短編などをUPすることもあります。

それでは、よろしくお願い致します。


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ご無沙汰しております<近況報告>

DIARY

大変ご無沙汰しております。
grhoです。
四月から連載を再開すると言っておいて、早くも六月。梅雨突入と言いつつ中々雨の降らない季節になってしまいました。放置し続けていて、申し訳ありません。
二ヶ月ほども更新していなかったことに、自分でもビックリしました。

昨年の三月に卒業してからというもの、少々自分のことで悩むことが多く、中々小説に手の着かない日々が続いていました。手がつかない、というよりもなんだかいろんなことが色あせてしまい、自分の中に何も湧き上がらないようになってしまったのです。
ただただレールに乗って行きたくない、もっと自分の可能性を見たい、という理由で大学に現役では入らないという選択をした自分ですが、その選択すら今では良かったのか悪かったのかよくわかりません。
ただ、決めたことは決めたことで、自分に今できるのは一年という単位で作った時間を、どう生かしていくか、ということだと思っています。
卒業して分かったのは、自分がいかに「学校」という組織に依存していたか、ということでした。
毎日学校へ行く、ということがなくなった途端に生活や精神のリズムが崩れ、時間はたっぷりあるはずなのに何も進んで行かないという日々に突入してしまいました。そうして気づけば一ヶ月、二ヶ月と経ってしまっていたのです。

自分は今、夜間の舞台技術学校に週二で通いながら、バイトをしています。
勉強も家で少しずつしていますが、今年大学を受けるかどうかは完全に未定です。受けるにしてもAOになると思いますけれども。
もっともっと馬鹿になって、自分の世界を大きく広げる一年にしていけたら、と思っています。

さて、小説の方ですが、最近になってようやく復活し、一つの作品を書いています。
連載のOTM第二章ではなく、一つ卒業する前からずっと引きずっていた作品です。今月中には第一部が出来上がる予定なので、その時にはUPさせていただきたいと思います。OTMの方は、書ける状態になり次第、進めて行きたいと思います。彼らが、すでに懐かしいです。

それでは、今回はこのあたりで失礼します。



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作品について

DIARY

春の嵐も終わり、少し冷え込んだ日々が続いていますね。
桜吹雪の下を自転車で走るという自分の恒例行事があるのですが、桜が完全に散ってしまい遂行できませんでした。残念です。

さて、タイトルの通り作品について語ってみたいと思います。
先日も一作品UPさせていただいたのですが、それを踏まえまして……。
やはり、自分は作品への自己投影が結構激しい方だと思うのです。それをするとエンターテイメントになりにくいということは重々承知した上でなのですが、それでも自分にとってはひとつの重要な意味なのかな、と思ったりもします。
おそらく「他人をどうにかしたい」というところから出発する作品と「自分の中のもやもやをどうにかしたい」というところから出発する作品との二つがあるように思うのです。それらは、どちらも自分にとっては大事で、これからもその二つをときおり混ぜたりしながら書いていくのだと思います。

そういう意味で見ると、この間からUPさせていただいている「踏ミ出シタソノ足ハ」という作品(自分で作品というのもなんだかおこがましいのですが)は、かなり自分の中のものをどうにかしようとして書いたところが多いと思います。
その当時の自分が感じていたこと、考えていたこと、その他いろんなことが詰まっているのです。そういう風に見ると、一つの自分の記録のように見えるかもしれません。実際はもっともっと深いのですが、それを表現する技術はまだ自分は持っていません。

なんだか混乱して来ました。
偉そうな分析をしようとしていますが、結局のところ、自分にとって「小説を書くこと」が自分にとってどういう意味を持つのか、と言うことは未だ不明確なままです。職業にしたいわけでもなく、自分の中だけに治まっていていいわけでもなく、クオリティーが低くてもいいわけではなく……。「こうありたい」という気持ちと「こうありたくない」という気持ちがそれぞれ変に干渉し合っているような状態です。

そんなわけで。
これからUPしていく作品には、やはりものすごくムラがあると思います。
それでも、やっぱり書くことは――そして読んでもらうことはとても楽しいことだと思うのです。その行為をもっともっと室の高いところまで持って行きたい。その気持は変わらず自分の中にあります。


相変わらずわけの分からない記事になってしまいましたが、とりあえず頑張りたいということで、よろしくお願いします。



grho


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踏ミ出シタソノ足ハ改<Epilogue>

踏ミ出シタソノ足ハ改

 


〈epilogue〉



 文化祭の賑わいの中を抜けていき、やがて正門の前に着く。
「久しぶり」
 啓がこちらに気づいて手を振った。
「演劇、良かったよ」
「ありがとう」
 ――まだまだ、悔しいところがいっぱいあるけどね。
「なんでもそうだって。最後の最後まで納得できるものなんて、なかなか出来るものじゃないよ」
 啓がそう言いながら、どこかに入ろうよ、と歩き出した。
「隣のクラスがカフェやってたから、そこに行く?」
「うん。どこでもいいから、とりえあえず座りたい」
 つい数カ月前とまるで変わらない口調で話しながら、啓は足を早めた。私は慌ててその歩調に合わせる。
「啓は最近どうなの?」
「どうって?」
 ――学校休んで、勉強してるんでしょ。
 そう言うと、
「うーん、勉強と言うより実習かな」
「……実習って勉強の一環じゃないの」
「まぁ、そうなんだけど……。とにかく、大変だけどすごく充実してる。自分がこの選択をしてて良かったってよく思うよ」
 啓はさらりとそう答えた。
 やはり――啓は凄い。そう思う。
 カフェに入り、窓際の二人席を陣取った。それぞれ冷たいジュースを注文し、やがてそれが届くと、
「じゃあ、乾杯」
 と啓がグラスを取り上げた。私もそれにならって、カチリとコップ同士をぶつけ合わせる。
「お互いのがんばりに乾杯」と啓は言った。
「お互いの将来に乾杯」と私は言った。
 オレンジ色と紫色の液体が、コップの中で揺れた。

          □■□

 啓の『明日の十二時に正門前で』というメモを読んだのは、演劇の片付けが終わった文化祭一日目の夜の事だった。啓が見に来てくれていたことは知っていたけれど、毎日忙しいだろうから、そんな時間も取れないだろうと思っていた。嬉しくなった。

 演劇はまずまずと言ったところだった。でも、最高だった。
 演劇の質としてどこまでいったかというと、それは素人の劇だから、という範疇にどうしてもおさまってしまう。しかし最後の二週間もがき続ける中で、いつしか一秒も無駄にしない空気が出来上がっていた。それは、本当にみんなが一つの目標に向かった時にしかできない、最高に楽しい空気だった。
「思ったより笑ってくれた」
 演劇が終わった後、みんなはそう言って笑った。本当に必死だったからこそ、最後にそうやって笑えるのだ。
 事実、そうだった。
 本当に、予想以上にお客さんは笑ってくれた。
 
 やってみて、一つ分かったことがあった。
 中学のあの時、私は本当に本気ではやっていなかったことだ。
 悔しい。
 そう私は演劇が終わった後に思った。やろうと思っていたことがぜんぜんやれなかった。でも、できたこともあった。
 悔しさと、楽しさが一緒に存在していた。悔しいけれど、楽しい。そんなことがありえるのだと、初めて知った。 
 悔しいのは好きだからだ。楽しいのも、好きだからだ。
 だからこそ、私はこれからも何かしらの形で演劇をやっていくのだろう。
 目標に向かって、選択し、時には失敗し、時には成功しながら、前に進んでいく。そんなビジョンが、私の中で少しずつ見えてきていた。

          □■□

「一つ、紗綾に言い忘れてたことがあって」
 今日はそれを伝えに来たのだ、と啓は言った。
「――なに?」と尋ねると、
「なんか、すごくに言いにくいんだけどさ」
 啓は頬杖をついて、少し目をそらした。まるでいたずらを告白しようとしているような様子だ。目が完全に泳いでいる。
「飯岡が、紗綾のことを私に聞いたって、言ってたと思うんだけど」
 記憶を掘り起こすと、確かにそんなことを言っていた。あの時私は、飯岡を問い詰めたのだった。
「ホントはね、私はなにも飯岡に教えてない」
「……は?」
「だから、飯岡はもともと紗綾が演劇部だったってことを知ってたんだよ。私のところには確かめに来ただけで」
 驚いたけれど、かといってどのように反応していいか分からなかった。
「それを聞いて、どうしろと言うんだね?」
 口をすぼめて、低い声で聞き返すと
「その先は、本人に聞いて。たぶん、面白いことになるから。ヒントは……たぶん、アンケートかな」
 啓はそう言ってから、素早く話題を切り替えた。『面白いこと』が果たして私にとってなのか、啓にとってなのか、追及しても良かったけれど、あまりにも啓が必死だったのでそれ以上はやめておくことにした。
 飯岡には近いうちに問いただしてみることにしよう。

          □■□

 目覚まし時計の音とともに目をさますと、急いで着替えはじめた。習慣が抜け始めているからか、今までは目覚まし時計より早く起きていたのができなくなっている。
 七月とはいえ、まだ朝五時ともなれば、空気は澄んで少し肌寒いくらいだ。
 文化祭が二日にわたって開催された、さっそくその次の日。私は、三か月ぶりに朝日を見に行こうとしていた。
 薄手のパーカーを羽織り、田んぼの中を抜けていくと、見慣れた土手が見えてくる。しかし、いつのまにか草がぼうぼうに生え、よじ登れなくなっている。ちっと舌打ちをして、少し遠回りになるけどきちんと舗装された道を通って土手の上に出た。
 オレンジから青までに変わるグラデーションが、空を綺麗に染め上げている。
 きれいさっぱり梅雨が明けた夏空は、大きな雲もなくきっぱりと晴れ渡っていて、気持ちいいほどだった。
 今日の日の出は――
 腕時計を確認すると、あと三分だった。歩くスピードまでは変わっていなかったらしい。待つのには丁度いい時間だ。
 ふと目を閉じると、この三か月間のことが頭に次々とよみがえってきた。
 始まりは、学校で飯岡が「演劇をやろう」と言い出したこと。その理由は、今でもよく分からない。あの時の説明がとってつけたものであるのだけは、よく分かっているけれど。
 そして、次の日。飯岡がここに現れたのだ。
 そこからすべては始まった。
 そして三か月の間に、私は前を向いて、二年間動かしていなかった足でようやく一歩を踏み出した。
 自分で最後には判断して、選び取る。そのようにして前に進んでいかなければならないのに、それは皮肉にもいろんな人に支えられている。それまで関わった人すべての支えがあって、初めて私たちは、自分の選択をすることができるのだ。
 そのように考えると、本当にこの世は不思議なことばかりのような気がしてくる。
 山際が赤く光り輝きはじめ、太陽がまもなく上ることを告げている。それを決して見逃さないように、じっと目を凝らしていると、どこかで自分の名前が呼ばれたような気がした。
 しばらくすると、やがてはっきりとその声が聞こえてくる。それとともに、自転車をこぐ音も聞こえた。
 私は思わず振り返ってしまった。
 そこには、ハンドルに肘をついて荒く息をつく、飯岡がいる。
 飯岡は乱れた息のまま、
「よう」
 と手をあげた。
 その瞬間、視界の端で太陽が顔を出した。
 息をのむような美しさだった。この美しさを見るためだけであっても、何度も来たい、どう思ってしまうほどに綺麗だった。
 きっちり二分間。
 太陽が完全にその姿を見せ終わるまで、それを見つめ続け、また飯岡の方を向き直った。
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「いいよ。なに?」
 私は、次に飯岡にあったときに最初にしようと決めていた質問を口にした。
 


 ――なんで、演劇をしようと思ったの?








 【完】











 ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。


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踏ミ出シタソノ足ハ改<第八話>

踏ミ出シタソノ足ハ改



 
〈8〉


 アンケートをクリアファイルごと手にとった。透明のファイルを通して、手書きの文字が透けて見える。それに焦点を合わせないようにしながらアンケート用紙を取り出し、裏向けにして膝の上にのせた。
 その上に手をのせる。
 ここで、アンケートを捲ってしまえば、あの時から止まっていた時間が動き出す。
 私を前に進ませまいと、ずっと後ろから引っ張っていたものから解放される。――いや、少し違う。向こうが引き止めていたのではない。私が引き止められていたのだ。
 あの時から前に進めなかったのは、自分がダメだったからだ。
 それだけで、すまそうとして来た。
 私はいままで、あのときに、オリジナルの現代コメディーを押した自分を恥じてきた。だから失敗したのだ。私には、そんなことを選択するような、力はなかったのだ、と。
 もう一度、自分で選択して失敗するのは嫌だった。
 けれど――そうじゃないのかもしれない。
 失敗したのは、選択のせいじゃない。その先だ。自分がずっとしたいと思ってきたことを、先生を押してでも選択したこと。それは結果としては間違だったけれど、私にとって大きな一歩になろうとしていたのかもしれない。
 ふと、今の飯岡と、昔の私の姿が重なった。
 必ず、最高に楽しい物になる。
 そう確信して、周りを巻き込んでまでやろうとしたことが、失敗する。その結果、前に進めなくなる。
そうなってしまう。
 ――飯岡には、そうなって欲しくない。
 でも、それを挽回するためには、なにかが足りない。私に足りなかったなにか。それを見つけなければいけない。
 答えまであと少しなのに、何も浮かんでこない。私は焦った。後二週間の間に、それが本当に浮かんでくるのだろうか。
「なんで、前に進めなくなったんだろう」
 口に出して呟いてみる。
 一人きりの部屋に、自分の声だけが響く。
 ふと、「前に進む」という表現が、随分と抽象的だということを思った。具体的な言葉に言い換えると、なんなのだろう。
 目標が見つからない。やる気が起きない。勉強ができない。夢が無い。生きている意味がわからない。
 そんなことを並べ立ててみて、やっぱり違うと思った。そうじゃない。そんな小さな事じゃなくて、もっと大きなイメージだ。
「――っと違う。こんなことじゃない」
 慌てて余計な考えを頭から切り離す。
 あの時、あの選択をしたことが大きな一歩になろうとしていたのだったら、なにがそれを最後まで踏み下ろさせなかったのだろう。
 何を忘れていたのだろうか。
 この二年間。自分が逃げ続けてきた感情は、大体つかめていた。それに該当する言葉を、自分の中で探す。
 そして、見つける。

「――悔しさ、かぁ」

 それをずっと押し込めていたのだ。 
 悔しい思いをしたくないがために、それを見つめず自分を責め、塞ぎこんだ。思い出を封印した。演劇とかかわらないようにした。なにかに挑戦することをやめた。自分で選び取ることをやめた。
 気づくととても単純なことだ。
 人は――好きなことをやろうと挑戦して、失敗して、悔しい思いをして、再挑戦することで前に進んでいく。
 変わっていくことは、何かを終わらせて、新しく何かを始めることだ。私は新しく始めようとだけはしていたけれど、中学の時のことを終わらせ切れていなかったのだ。
 たった、それだけのことなのだろう。
 誰でも言っていること。世間一般にありふれている答え。
 けれど、ありふれているからには理由があって、それが私のような人間がいるからだったのかもしれない。自分の失敗と向かい合えず、目を逸らし続ける人間、自分が本当に好きだったことさえ否定してしまう人間がいるから、こういった言葉は残っていくのだ。
 私にとっての遅すぎたリベンジは今だ。今しかない。
 あと二週間ある。 
 アンケートを手にとった。
 ずっしりと重い、というほどではないがそれなりの量がある。これだけの人が私たちの演劇を見て、感想を残してくれたのだ。そのことが、実感として手に伝わってきた。
 迷いもなくアンケートを表返す。そこに書かれた文字を目で追いながら、私は泣いた。身体が熱い。腕が震える。けれど、休まずに文字を追い続けた。
 初めて、悔しいという感情と共に、あの記憶を頭の中で再現した。

          ■□■

「マスター、久しぶり」
 ――っていっても、まだ一週間も経ってないけど。
 そう言いながらカフェ綺月のドアをくぐると、カウンターの奥でマスターがようと手を上げた。
 日曜日の午後。ゆっくりと寝て目覚めたその足で、ここに向かった。
「どうしたの?」
 前回の時にマスターが男であることが判明したものの、話す口ぶりはまるで変わらない。結局マスターが男にも女にも見えるのは変わらないので、正直なところどうでも良くなってしまった。
「ちょっと、宣言しにきた」
 そう冗談めかして言ってカウンター席に座ると、マスターが、
「いい目してるね」
 と言いながらカウンターに肘をついた。
「そんなの分かるの?」
「まぁ、一応ね。ほとんど勘だけど」
 マスターが笑う。私も笑った。本当に変わっていればいいのに、と思った。
「でね、宣言」
「なに?」
 マスターの目が鋭くなる。
 そっちこそいい目してる、と冗談を言いたくなった。けれども、それはまた今度にしておこうと胸の中にしまい込む。
「明日から――演劇に再挑戦する」
 本気でいいものを目指す。
 そう、はっきりと言った。
 マスターは何も言わなかった。そもそも「再挑戦」の意味が分かるかすら、微妙だ。
「紗綾は、変わろうとしてるんだね」
 しばらくして、マスターが穏やかな口調でそう言った。
「うん」
 頷くと、どこか愉快そうな表情になって、
「変わっていくことは、何かを捨てて何かを選びとることだよ。その捨てる覚悟はある?」
 今度はそう聞いてくる。
「うん」
「良かった。なら、大丈夫」
 私とクラスメイトでは、考え方が違うかもしれない。けれど、それでも私は、自分の経験を信じようと思った。最後だからこそ、本当の楽しさを追求して、文化祭を――演劇を終えたい。
 半分ただのワガママかもしれないそれが、最後の最後に決めた、私自身の選択だった。
 変わるための、最初の一歩だった。あとは、具体的な行動に移すだけだ。
 気づくところまでは簡単だった。私はもうずっと前から気づいていたのだ。それでも、行動することが怖かった。
 なにか、ちょっと特別なことをする自分、に甘えていた。けれど、今しかない。
「それじゃあ、また文化祭が終わったら来る」
 立ち上がると、
「あれ、もう帰る?」
 とマスターが不思議そうに言った。
 ――コーヒーの一杯くらい飲んでいきなよ。奢るからさ。
「ごめん、明日からしなくちゃいけないことを、家でまとめておきたいから」
 頑張る客に餞くらい送らせてくれよ、と笑ったマスターは、
「分かった。いつでも甘いモノが食べたくなったらおいで」
 と見送ってくれた。
 がらんがらんとなるカウベルの下をくぐって、外に出ると真夏の太陽がアスファルトに照りつけ陽炎を作っている。空には大きな入道雲がいくつか浮かんでいた。
 そろそろ梅雨も開ける。
 そうしたら、すぐに文化祭がやってくる。
 それまでの間に、どれだけのことが私には出来るだろうか。どれだけ足踏みすらして来なかったこの二年間を取り戻せるだろうか。
 ――それすら、最終的に決めるのは自分なのだろう。
 太陽に肌を焼かれながら、歩いて行く。
 踏み出した足が、乾いた音をたてる。
 その音を確かめながら、私はゆっくりと歩き続けた。





<Epilogueへ>




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踏ミ出シタソノ足ハ改<第七話>

踏ミ出シタソノ足ハ改

 


〈7〉


 演劇部に入ることに決めたのは、中学に進学して数日経った時の事だった。
 自分が一番年上だった小学校から、突然自分より年上か同年代しかいないところに入り、自分自身なんだか新鮮さにあふれていた頃。なんでもできるような気がしていた。すべてが、これからのような気がしていた。
 ちょうど新人勧誘の為にされた演劇部の公演をみて、私は何かにとりつかれたようになった。
 それは、ほとんど練習もされていないような、まるでコントのような演劇だった。いや、演劇とすら言えないかもしれない。
 ただ、それをやっている人たちの楽しそうな空気に、私は憧れたのだった。
 ――こんなことをやってみたい、と。
 同じようにして演劇部に入ることを決めた同級生が何人もいる中で、私はこの部活を誰よりも楽しんでやる、とそう決めていた。

 先輩たちは文句なしに格好良かった。
 格好良いくせに、なんだか親しみやすかった。最高の部活だと思った。こんな幸せに部活をやっている人は他にいないんじゃないか、とすら思うほどに。
 そうやっていく中で、私は演劇をする楽しさにもどんどんと目覚めていった。
 もっと――もっといい演劇がしたい。そうやっていく中で、私の頭を離れないものがひとつあった。それは私が初めてこの演劇部に関係する所で見た、新人勧誘の時のコントだった。あの楽しそうな雰囲気を、私は絶対にやりたかった。
 次の年、三年生が卒業公演と共に引退し、次の年の新人勧誘の時期がやってきた。ほかのクラブが一斉に勧誘をはじめる中で、演劇部は舞台を使って勧誘をするのだ。しかし、実際そこまで時間を取ってやるものではなく、だからこそ毎年有志でコントのようなものをやっていたのだという。それを聞いて、今年の有志を募るという話が出た時、私は誰よりも早く手を上げた。
 ――それは、とても楽しかった。
 劇を作っていくのがとても面白かった。いろんなアイデアを出しあって、それを実行していく中でいつも笑いがあふれていた。
 自分たちで簡単に書いた台本で、たくさんの人が笑ってくれた。
 演技をしているのに、演技をしていないような、本当に観客と一緒になったようなそんな経験だった。そして、その年もたくさんの新入部員が入ってきたのだった。
「あれ、ほんとうに楽しいですね」
 その新人勧誘の劇が終わった後、私はそう部長に話しかけた。
 部長は、ニヤリと笑って、ああ、と言った。
「でも、もっと面白いものが演劇にはあるよ」
 さらりと言われたその言葉に、私はどこか反抗心を覚えていた。あれより、楽しいものがあってたまるか。そう思ったのだ。しかし、私より一年長くこの部活にいる部長は、もっと楽しい物を知っているのではないか、とも思った。
 次の年、部長たちが引退して、私達が最高学年になった。
 その年の新人勧誘も、私は参加した。
 やっぱり楽しいと思った。ほかの演劇をやっていても楽しいけれど、こんなにも楽しいのはこれだけだ。その時から、頭に一つの構想があった。私たちの卒業公演は、現代コメディーをしよう。最後だからこそ、ほんとうに楽しいことをしよう。そう思っていた。誰にも決めさせない。これは私の選択だ。
 元部長はちょくちょく顔を出しに来ていた。
 そして、卒業公演の話がちらほら出始めた頃、私は、頭の中で描いてきた構想を何の気なしに元部長に話したことがあった。すると、元部長は顔を曇らせ、
「やめておいたほうがいい」
 と言った。
 ――絶対に後悔するから。
「しないですよ」
 私は反抗した。
「絶対に後悔しません」
 同じように絶対で対抗した。
 私にはむしろ、卒業公演で歴史的な長編だったり、青春モノだったりをする先輩たちのほうが信じられなかった。最後にはもっとワイワイと楽しくやりたかった。社会問題だったりなんかを最後に真剣に考えて終わりたくない。もっとぱあっと終わりたい。
 元部長は、顔をますます曇らせた。でも、それ以上は何も言わなかった。言いたいことを飲み込んだようにも見えた。
 ついに卒業公演の演目の話が出た。
 私は迷わず、
「オリジナルで現代コメディー」
 と言った。
 みんな賛成した。
 けれど、先生だけ反対した。理由は元部長と同じだった。もっとしっかりとした作品にしろ、と言う。
「楽しいのことの何がいけないんですか」
 そう言って対抗すると、元部長と同じような顔になって、
「本当にそれでいいなら、いい」と言った。
「言いに決まってるじゃないですか」と私たちは言った。
 先生は頷いて下を向いたきり、動かなくなった。私たちは、自分たちのやりたいことを、勝ち取ったのだった。

 演劇は順調に進んでいった。
 それは、はじめから予想していたとおり、とても楽しい毎日だった。充実していた。ここまで、毎日学校に行くのが楽しみだった時のないのではないかと思うほど、私たちは楽しんで演劇づくりに励んでいた。
「――絶対に後悔するなよ」
 練習が始まった初日、先生が三年生を全員集めてそう言った。
「はい」
 そう答えながら、――するわけない、そう思っていた。
 私達が、自分たちがやりたいことを選択したんだ。それを後悔するはずがない。その思いが、胸のうちに熱く湧き上がった。
 そう、これは私たちの選択だ。
 楽しかった日々が一瞬で過ぎ去り、本番の前日になった。コンディションは最高で、明日の本番が楽しみで仕方がなかった。絶対にうまくいく。これまでで一番楽しい演劇になる。そんな確信があった。
「楽しんでいこう!」
 私の飛ばした言葉に、円陣を組んだ仲間たちが答える。
 本番当日。
 そこで初めて、私のその確信が打ち砕かれたのだった。

 ――本当の楽しさとは。
 自分たちだけでは作れないものなのだと、イヤというほど思い知らされた。
 私達の最終公演は、無残な失敗に終わった。いや、成功したのかもしれない。ある意味、お客さんたちは楽しんで帰ってくれた。セリフは間違えたりなんかしなかった。演技での失敗があったわけでもない。ましてや、本番中に大道具が壊れたりしたわけでは全くない。
 ただ、私達が楽しめなかったのだ。
 本番中。私達が狙っていたはずの所で、客からはあまり笑いが起きなかった。もしかしたら、スベったのかもしれない。そんなことはある、仕方がない。しかし、次も、また次もそうなってくると、しだいに焦り始める。何が悪いんだろう。
 そんな時、ふと私たちの作ってきた演劇の全体像が見えた。それは、ただの自己満足の塊だった。楽しんでやる。そのことに囚われ過ぎて、私たちのコメディーはただの内輪受けになってしまってたのだ。
 客はそれでも笑ってくれた。少しずつその雰囲気に慣れてくると、逆に笑えるものなのかもしれない。劇が終盤に近づくにつれ、客の笑いはすこしずつ大きくなった。
 切り替えなければいけない。
 せめてこれが終わるまでは開き直って、精一杯楽しんで、演劇をしなければいけない。そう分かっているのに、演技をすればするほど、セリフをしゃべればしゃべるほど、私の心は灰色に、硬くなっていってしまうようだった。
 万雷の拍手と共に幕が降りた。
 私には、その拍手がまるで届いて来なかった。どこか遠くで鳴っているような気がした。その拍手が向けられているのは、私たちの「演劇」に対してじゃない。違う。何かが違う。
 初めて、先輩たちがなぜコメディーを最後にしなかったのかが分かったような気がした。
 本当に演劇をやって楽しもうと思ったら、お客さんがほんとうに楽しくならないと意味がない。自分たちが楽しいだけではやっていけないのだ、と。
 そうして、私の中学時代最後の演劇は終わった。

 ――みなさんのとても楽しそうにやっている姿が、とても良かったです。ほんとうに楽しいんだろうなぁ、と見ていて思いました。僕も高校に上がったら何かの機会で、みなさんのように楽しくコメディーをやってみたいです。
「15歳、男子だってさ。同い年じゃん」
 ひらりと紙を後ろに回し、部員の一人が言った。
 演劇が終わり、学校の近くのファミレスで打ち上げをしている最中に、みんなでアンケートを読もうという話になったのだ。一人がそれを読み上げて、みんなで聞く。けれど私の耳には、それらはほとんど入ってきていなかった。いや、聞かないようにしていた。聞くのが怖かった。
 プロじゃあるまいし、アンケートに厳しいことを書く人なんていない。それでも、その裏に隠されている感情があるのではないかと思うと、本当に怖かった。あの時、あんな選択をしていなければ、部長や先生の言うことを聞いていれば、こんな事にはならなかったのに。
 次々と浮かんでくる自責の感情に、押し流されてしまいそうだった。
「……紗綾、大丈夫? 紗綾?」
 声をかけられて、慌てて焦点を合わせると、打ち上げの席にいたみんなの視線がこちらを向いていた。
「大丈夫」
 反射的にそう答えて、首を振ると、クラクラとして前が霞み始めた。
「やっぱり大丈夫じゃないよ。無理はしないで帰ったほうがいいんじゃない?」
 今日は大変だったしね。仕方ないよ。
 本気で心配してくれている友だちの言葉に押されて、私は立ち上がった。
「うん、じゃあ先に帰らせてもらうね。ごめん。みんなは楽しんで」
 自分の食べた分だけお金を置いて椅子を引いて通路に出ると、お大事に、今日は楽しかったね、ありがとう、また話そう、そんな言葉が後から追いかけてくる。
 それを振り払ってでも、私は早くこの場を立ち去りたかった。
 みんなのように、私はいられない。
 私は――

「――絶対に後悔するなよ」

 先生の顔が、部長の顔が、先輩たちの顔が頭に浮かんでくる。
 それら全てに責められているような気がして、私は足を早めた。店の外に出ると、少し空気が軽くなったような気がする。けれど夜の闇に、どこか底知れない恐怖を感じて、私は走りだした。耳元で聞こえる風の音がやがて遠のき、自分の息遣いだけが大きく聞こえる。足が地面をけっている感覚すらない。
 ただ、私が逃げているのだ、という実感だけがありすぎるほどあって、私を家へと走らせていた。
 家に帰り着くと、脇目もふらずに自室にこもった。着替えてベッドに潜り込み、電気を消す。目をつぶれば眠れるのではないかと思った。けれど、むしろ今日のことが、いままでのことがありありと頭に浮かんできて、私は居ても立ってもいられなくなった。また電気をつけ、カバンの中から台本などの演劇関係のものを全て取り出した。机の上やタンスの上などに積み上げられていた、これまでの台本や資料なども全て集め、一つの段ボール箱の中に詰め込む。フタを閉めて押し入れの中に仕舞い込んだ時、初めて一つのことが終わったような気が、私はした。
 凄い脱力感が体を襲った。
 ベッドに潜り込み、電気を消すと、今度はすぐに眠りについた。
 夢は見なかった。

 次の日、途中で帰ったから、と渡されたアンケートをあの段ボール箱の中に仕舞い込んだ。
 ガムテープで頑丈にフタを締めた後、今度こそ押入れの一番奥に段ボール箱を押し込んだ。






<第八話へ>




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踏ミ出シタソノ足ハ改<第六話>

踏ミ出シタソノ足ハ改

 
〈6〉



 青い少し上等な紙で装丁されたそれをめくると、自分が色ペンで印をつけた役名とセリフが目にとびこんできた。良くできている。
 確かにその台本は面白かった。
 シンデレラを下敷きにして、それを現代風のコメディーに仕上げてある。そして、最後にはきちんと感動させて終わるつくりになっていて、この作品を作った人は相当に頭を絞ったのだろう。
 けれど飯岡にあまっているという台本をもらい、部屋で目を通したとき、ずっと不安に思ってきたことがやっぱり当たっていたことが分かった。
 確かに面白い。笑える、どころか爆笑できる。
 でも、それはある意味――自分たちだけなのだ。

 ――内輪受け、だ。

 随所にいかにもといった感じで散りばめられている内輪ネタ。その原因は明確だった。
 このままでは、本当の楽しさにはたどり着かない。作っているときは楽しいかもしれないけれど、本番が終わった後に、本当の楽しさは味わえない。
 いや……これは私だけなのかもしれない。普通の人は、あれで満足して十分に楽しいと思うのかもしれない。 
 伝えるべきか、伝えないべきか。
 私には自信がなかった。私が思っていることを、感じていることを、みんなが感じるとは限らない。むしろ感じないほうが可能性は高いだろう。
 それに、これはただの文化祭だ。そんなことまで考える必要はないのかもしれない。もしかして、クラスメイトの反感を買ってしまうのではないか、そう思うと怖かった。そして、あとから参加した自分がそんな偉そうな意見を言うこと自体に気後れする部分も多かった。
 私の考える、本当の楽しさ、を求めるために、ある意味これまでやってきたことを否定するような発言をし、空気が悪くなるよりは、なんとかこのまま楽しくやれる道を探すほうがいいのではないか。そんな考えが頭をよぎる。
 けれど、その一方で、演劇をやっている人たちの中には、自分たちの演劇がどこか面白くない。そう感じている節がある。それは、私と同じなのかもしれない。 
 伝えるべきか。
 伝えないべきか。
 その二つに板挟みになって身動きが取れなくなってきた時、私はそこから逃げ出す術を、一つ思いついた。
 自分で台本を直してみよう。
 演劇の練習メニューを組んでみて、うまくいくようなスケジューリングをしてみよう。
 それが出来てから、この話をみんなにするかどうか考えればいいのだ。
「よし」
 そう頷いて、台本を閉じた。青い表紙が目に飛び込んでくる。その青が、どこまでも奥へと続いていく底しれぬ深さを湛えているような気が一瞬した。

          ■□■

 台本自体は一時間くらいのもので、実際キャラのセリフはそこまで多くない。内容も軽くノリの部分が多いためか、ヒロインのセリフを覚えるのは一瞬だった。
 初めて演劇の練習に参加したのは、台本をもらって二日後。授業が終わったあとの教室で、机を脇にどけて全ての場面を見せてもらった。その上で、いろんな役の人と読み合わせをしたりする。
 その時にひとつ分かったことがあった。
 この演劇が、飯岡が言っていたように「笑えなくなっている」理由。そのひとつはアドリブにある。それぞれが自分の感性でアドリブを入れているがために、全体の空気が統一されず、なおかつリズムが崩されてもともとある面白さが半減しているのだ。
 また、それぞれの笑わそう、と言う姿勢も問題だった。自分たちがコメディーをやっているという自覚が変な方向に働き、客を楽しませる部分をむしろ自分たちで楽しんでしまっているのだ。極端に言えば、自分で言ったことに自分で笑ってしまう子どものようなもので、それが面白いわけがない。
 コメディーは、役者が本気でやっているからこそ、客は笑うのだ。
 ただ、それが分かっても私は何も言わなかった。
 ――言えなかった。

 演劇の本番――文化祭まではあと二週間半。
 私が入った状態での通し練習はまだ出来ていない。むしろ、ヒロインが新しくなった分、みんな混乱している。いままでともリズムが違うのだろう、とてもやりにくそうにしている。
 そんな中で、台本の直しだけは着々と進んでいた。
 演劇の練習が終わったあとに、家に飛んで帰り台本を修正していく。
 ――このセリフは要らない。
 ――ここは説明不足。
 ――この場面は丸々カット。
 そんな作業を繰り返していくと、少しずつ本番にうまくいくイメージが頭の中に膨らみ始めた。これなら、本気で笑いを狙える。前から考えていることも伝えて、そうすれば本番はきっとうまくいく。
 イメージが膨らみ始めると、その作業はだんだんと楽しくなってきていた。

          ■□■

「なぁ、神井。どんな感じ?」
 そう飯岡が声をかけてきたのは、本番のちょうど二週間前。練習が一段落ついて皆が帰る準備を始めた時の事だった。土曜日。明日の日曜日は練習は休みになっている。
「どんな感じって?」
「大きな声では言えないけどさ」
 そう言って飯岡は声を落とした。
「役者組。ちゃんと進んでるか? 俺、最近場所取りとか連絡とかでぜんぜん練習に参加できてないからさ、心配で……」
「――たぶん、一応」
 そう曖昧に答えたのには意味があった。実際、嫌な空気自体は直っていない。それでも、私というイレギュラー要素が加わったことで、みんなの意識が少しずれ、楽しそうな空気が戻ってきているような気がしていた。
 そんなことを話すと、飯岡はほっとしたように息をついた。
「神井だけが頼りなんだ。よろしく頼むよ」
 安心しきった目でそう言われ、私は心の中で後すざりした。――よろしく頼まれても困る。私はそんなに凄い人間じゃない。そう返そうとした矢先、突然飯岡がよろめいた。慌てて身体を支える。
「大丈夫?」
「あ、ごめん」
 飯岡が慌てたように言った。
「なんか、安心したら脱力しちゃってさ」
 照れ隠しのように、頭を軽くかいてみせる。
「まだ早いよ」
 と返すと、そうだな、と飯岡が笑った。私も笑った。二人で笑いあった。
 ――いま、私はなにをしているのだろう。そんな疑問が首をもたげた。自分自身と向き合うため、前に進むために演劇に参加したはずなのに、結局いまなにも出来ていない。
 もしかして、これはいつものパターンなんじゃないか?
 また、これから頑張ろう、と始めて結局そこで終わってしまう。そんな事になっているんじゃないか?
 ダメだ。
 前に進むと決めた。何としてでも。こんなところで踏みとどまっていてはいけない。逃げようとする心に自分でムチを打った。ここで逃げたら、私は一生逃げ続けることになってしまう。
「あと……二週間だよね」
 そう言うと、飯岡はコクリとうなずいた。
「おう」
「良い演劇にするために、やれる限りのことをやらなくちゃね」
 自分に言い聞かせるように言った。
 やれること、やらなければいけないことはもう分かりきっている。ただ、それを実行する勇気。それがない。何かの後押しが欲しい。
「うん、今なにかやり残したら、絶対に後で後悔する」
 飯岡も自分に言い聞かせるように言った。
 けれど、それを聞いて私は、なにか自分が整理されたような気分になった。「後で後悔する」――それだ。私はそれがイヤなんだ。後で後ろを振り返って悩まなくていいように、前を向いて前へ進んでいけるように、だからこそいま向き合わなければいけないんだ。
「ごめん、帰る!」
 沸き上がって来た思いが萎えてしまう前に、どうしてもやりたい事があった。やりたい事ができた。中学の頃のアルバム。演劇の思い出。押入れの奥に仕舞い込んだそれを引っ張り出して、自分で整理しよう。しっかりと向かい合おう。そこからなにが生まれるのかはわからないけれど、なにかが前に進む。それだけは確信していた。

 走って家に帰った。
 弾む息もそのまま、押入れをがらりと押し開ける。その一番奥に埋まっているダンボール箱を引きずりだし、しっかりと封をしているガムテープを引き千切った。
 埃の匂いがする。
 ここの奥に押し込んでから、もう二年ちょっと経つ。その間に私はなにも前に進んで来なかった。でもこれからは進む。絶対に進んでやる。その思いをもう一度確認し、ダンボールの中を改めた。 
 雑多にいろんなモノが詰め込まれているその一番上には、クリアファイルの中に入った書類の束があった。
 ――アンケート。すぐにピンとくる。
 その下には、いままでやってきた台本、その為の資料。参考のために買った本。私があの三年間かけてやってきたことの全てが詰まっていた。
 あのころは、なんでこんなにいろんな事がやれたんだろう。不思議と嫌な思い出よりも、そう思った気持ちのほうが先にあった。

 ――なんであれから、前に進めなくなったんだろう。
 私はようやく、そう考えた。
 





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踏ミ出シタソノ足ハ改<第五話>

踏ミ出シタソノ足ハ改

 




〈5〉



 中学のあの日からしばらく、何もかもが狂ってしまったような気がしていた時期がある。
 いままで楽しんでやっていた全てのことが突然重荷になり、モチベーションは上がらず、自分が何をしたいのかもわからない。なにのために行動して、何を楽しいと思って、どうやって生きていくのか。
 そんなことが不透明すぎて、けれど時間が解決してくれる問題にも思えなくて、ただただ憂鬱だった。行動に移せない自分が歯がゆかった。
 なによりも、本当に、私自身が心から楽しいと思えることがなかった。いや、なくなってしまった。
 けれど何かはしなければならず勉強をして、いまの高校に進学した。
 そしてその年、

 ――私は、啓に出会った。

 啓は、クラスの中では目立たない、いわば地味な女子だった。
 いつも教室の隅で本を呼んでいて、クールな表情を崩さない。しゃべることが少ないからか、友達も少ないように見えた。
 けれど、いくつかの簡単なきっかけを経て、すこしずつ話す間柄になると、啓という人間の途方もない面白さ、凄さに私は圧倒された。クールな中に潜んでいる、熱い情熱。常に一本筋の通っている物言い。考え方。夢に向かって着実に一日を過ごしていっている、生き様。
 大げさかもしれないが、それらの全てが私にとってはまぶしく、憧れに近いものだった。
 啓はとても変なヤツでもあった。いろんな本を読みこなし、どうでも良い知識をポロッと口にする。おしゃべりだったり、ダンマリだったり、一日ごとのテンションの上下が激しく、外見からは中々わからないその動きもやがて、朝学校に来て一目で判断できるようになった。
「啓は、凄いね」
 それが、私が啓と一緒にいる時の口癖だった。
 本心からの言葉だった。狂った日常を何一つ元に戻せない自分と比べて、なんて凄い人間なんだろう。そう思っていた。
 私がそう口にするたびに、啓はただ黙って私のことを見た。
 それは、照れ隠しなのだと、ずっと思っていた。
 ――そういえば、朝日を見ることを進めてくれたのも、啓だった。
 ある日の昼休みに、突然、
「アサヒって見たことある?」
 一瞬、新聞のことかと思った。
「アサヒ、ってどの朝日?」
「のぼるヤツ。――朝日。すごく、綺麗なんだって。ちょうど啓の家の近くのサイクリングロードあたりからだったら見やすいんじゃない」
 そして、いつ用意したのか明日の日の出の時刻をメモした紙を、手渡してきた。啓に言われると、なんだか行かなくてはいけないような気がして、早速次の日、寝起きの目をこすりながら、朝日を見に行った。
 その時の感動は、よく覚えている。
 なにか、心の底にあるモヤモヤが、すべて光で洗い流されていく。そんな気分だった。
 それが私の朝の習慣を始める切っ掛けで、それ以来少しずつ狂っていた日常が元に戻り始めた。相変わらず目標もなにもないものの、それでもいい、そう思うようになった。
 新しい交友関係も少しずつ出来ていった。
 しかしその一方で、私と啓の関係はどんどんと近いようで遠いものへとなっていったのだった。
 どこか、落ち着きすぎて、お互いに深いところまで突っ込まない、そんな関係に。

          ■□■

「――啓は凄いね」
 私はそう言った。
 駅のロータリーのベンチに座って、まだ十分ほどある電車の時間を待っていた。本格的な夏が近づいていていることを予感させるかのように、湿気をたっぷり含んだ風が時折吹きつけてきている。発達した入道雲を下に見ながらすごい勢いで通りすぎる綿雲が、太陽の光をたったいま遮ったところだった。
「どんどんと、自分の夢に向かって進んでてさ」
 すぐにそう続けた。
 なぜなら、啓はこう言ったのだから。

 ――私、学校休む。

 と。
 それから、まるで準備してきたかのように淡々と説明してくれた。
 啓の夢は介護関係の道に進むことだ。そのきっかけは、啓が昔に曾祖母の介護を体験したことで「ありがちだけどね」と本人は笑っていた。
 ちょうど、まとまった期間で実習を出来る場所を見つけたのだという。そこに行くために、親を説き伏せ、教師と話をして、これから三ヶ月間学校を休む。
 そう言ったその目には、初めて夢を語ってくれた時と同じ光が宿っていた。
 啓は、自分の夢に向かって、着実に一歩を踏み出している。
 未来を見つめている。
 そんな友だちの門出のはずなのに、泣いてしまいそうなのはなぜだろう。
 一歩を踏み出した友人の姿に感動したから? そんな単純な理由じゃない。

 私は――みじめな私自身に泣きそうだった。

「啓は凄いね」
 私はそう繰り返した。
 顔が自然と下を向いた。手がふるえる。視界が霞む。お願い、何も言わないで。そう必死に願った。いま、なにか言葉をかけられたら、私は自分の感情を抑えられる自信がなかった。
 自分の中に眠っていた――いや、ずっと前から気づいていたのに見ないふりをしていた、感情。それが迸ってしまいそうで、怖かった。けれど、啓はそれらすべてを分かっているかのように、はっきりとその言葉を口にした。
「紗綾もこれからだよ。頑張って」
「これからなんてないよ」
 噛み締めた歯の奥から、言葉が漏れた。
「啓はそうやって、どんどんと前へ進んでいくけど、私は一歩も前に進めない。いつも、いつも置いて行かれるだけで――」
 いつから、前に進めなくなったのだろう。
 あの演劇が終わってからだ。
 私はあの時から、自分の足を見失ってしまった。

 ――変わりたい。

 突如として心の底から、そんな言葉の奔流が起こった。ずっとこの二年間、心の中で眠っていた思いだった。私が抑え込み続けていた思いだった。
 変わりたい。
 成長したい。
 その為の一歩を踏み出したい。
 私は顔を上げた。
 啓は、そこにいた。
「たぶん――もう明日から、学校には来ないよ」
 ためらいがちに啓が言う。
「うん」
 私には、そう答えることしかできなかった。
 しばらくの沈黙があった。
 太陽が雲の隙間から顔を出し、目に入るいろんなところが、太陽の光を反射して輝きはじめる。 
「それじゃ、電車の時間だから」 
 しばらくして、啓がそう言った。
「うん」
 私は、やっぱりそうとしか答えられなかった。
 啓が膝の上の通学カバンを取り上げ、さっと立った。私もそれに習う。啓がくるりと振り返り歩き出す。
 啓の姿が、駅の改札を抜けてホームに消えていくのを最後まで見つめ、私も駅に背を向け歩き出した。
『変わりたい』
 そう叫び続ける声は、止むどころか、強くなってきていた。

          ■□■

 足は自然と、カフェ綺月の方に向いていた。そこで、起こったことをマスターに話して、ゆっくりと考えよう。がらんがらんと鳴るカウベルの下をくぐって中にはいると、マスターがやあ、と手を上げた。今日も客はいなかった。
 定席になっているカウンターの一席に腰をかけ、マスターに起こったことを全て説明した。中学の頃に似合ったことから演劇に対して苦手意識を持っていること、今日啓と話したこと、気づいた自分のこと。一気に話し終わってなにかがいつもと違うと思ったら、マスターが合いの手を入れていなかったのだ。目がかつて見たことがないほどに鋭く、細くなっている。
「どうやったら、前に進んでいけるのかな」
 そのまま流れで聞くと、
「自分が一番向き合わなくてはいけないものがなにか、考えてみたら」
 と返ってきた。
 そのことは分かっていた。考えるまでもない。けれど、それを思い出すと本当に嫌になる。記憶が生々しすぎる。せめて高校を卒業するまでは向かい合いたくなかった。
 私が躊躇しているのを、マスターはじっと見つめていた。それは責めている視線ではなかった。やさしくはない、けれどどこか安心感のある視線だった。
「できれば……その、演劇のことは置いておいて、もっと小さなことから始めていけたらと思う」
 言ってから、どうやって誤魔化せるかを考えていた自分に気づき、恥ずかしくなる。
 私の言葉に対して、マスターは何も返さなかった。ただ、黙って見つめてくる。天窓から覗く空が、一瞬陰り、また明るくなった時マスターが口を開いた。
「さっき会ったっていう友達は、紗綾になんて言ったの?」
 言われると分かっていたけれど、言われたくない言葉だった。
 ――これからだよ、頑張れ。
 啓にはそう言われたのだ。
 これからでも、やれることは残されているのだろうか。
「――二歩目を踏み出せないのは、一歩目をきちんと踏み出していないからだよ。中学生の時の体験で、紗綾は最後の最後の一歩を踏み出しきれなかった。それでも、そのことと向き合おうとしていないから、一歩目も二歩目も見えないんだよ」
 足を見失ったんじゃなくて、足を見ようとしなくなったんだよ、とマスターは言った。
「紗綾にとってこれからできることは、中途半端な一歩を引っ込めるか、それともしっかり踏み下ろすこと。どちらも選べないなら、結局いまのままずっと変わらないでいることになるよ。
 中途半端な一歩と向き合えるチャンスがいま、目の前にある。中学の時にやり残したことを、もしかしたら挽回できるかもしれないチャンスが目の前に転がってる。
 ――それを掴もうとするかどうか決めるのは、最後には紗綾自身だけどね」
 マスターはそこまで言って、口を閉じた。
 私はマスターの言った言葉を頭の中でなんども繰り返していた。いくら噛み締めても、頭で分かっていても、演劇に参加するために飛び出すちょっとした弾みが足りなかった。いや、自分で踏み出さなくては。人に背中を押してもらってはいけない。
 中々踏ん切りがつかない。自分の優柔不断さが、歯がゆくなった。
「あ、これだけは伝えておきたいんだけど」
 そうマスターが言いかけた時、
 ――がらん。
 突然カウベルがなった。新しい客だろうか。めったに客が来ないこの店でも、時折ほかの客が入ってくることはある。そういう時には、私は話を切り上げて帰ることにしていた。しかしこの状況で帰るべきかどうするか迷っていると、
「お、久しぶり」
 とマスターの声が聞こえた。
(久しぶり?)
 そこに含まれていた親しそうな響きに、思わず振り返ると、そこには飯岡がいた。
「久しぶり、叔父さん」
 飯岡は手を上げたまま、私に気づいて固まった。
「叔父ぃ――っ!」
 私は絶叫した。

「どういうことなんですか、マスター?」
 私はさっきまでの流れを無視して、マスターに詰め寄った。
「どうもこうも、その通りなだけだよ」
 マスターは平然と答える。
 この女か男かわからない人が実は男だったのだと思うと、むしろ実感がわかなかった。
「男?」
 そう口に出してから、失礼だったと思い、
「――だったんですか?」と付け足す。
「うん」
「なんで?」
「いや、なんでって言われても……」
 そんな会話を交わす私達を、飯岡は困惑した表情で見つめていた。なにがあったのか読み取ろうとしているように見える。
 マスターがぽんと、手を打って言う。
「あ、さっきの続きなんだけど」
 とっさに思い出せず視線を上に逸らすと、
「これだけは伝えておきたいこと」
 と前置きしてマスターは続けた。
「自分が正しいと思うことを選択することは、ぜんぜん間違いじゃないよ。むしろいいことだと思う。人は、何回も自分でそうやって道を選んで、時に成功して時に失敗して、成長していくんだからさ」
 あまりにさらりと告げられたその言葉に、私はうん、と頷いていた。
「じゃ、これで言いたいことは終わり。あとは若い二人でお楽しみ下さい。蓮も何か言いたいことがあるみたいだし」
 マスターがちらりと視線を飯岡に流す。その視線を追って飯岡の顔にたどり着くと、
「な、なんだよ」
 飯岡が動揺したように言った。
 そこで初めて飯岡の様子がおかしいことに気づいた。はじめに私に演劇をしないかと持ちかけてきたときの生気がまるでない。むしろマイナスのオーラが体中から漂っている。
「その……」
 そこまで口に出してから、その先をどう続けようかと迷った。けれど、結局気の利いた一言などひねり出せるわけもなく、
「どうかした?」
 と私は言った。
 飯岡が下を向いた。上から見下ろしたその顔は、今にも泣き出しそうに見える。
 視界の隅で、マスターがすっとその場を離れていくのが見えた。気を遣ったのだろう、カウンターの奥に消えていく。そしてカフェの中に沈黙が満ちた。
「――もう、どうしていいかわからないんだ」
 しばらくして、飯岡がぼそりと言った。
「なんか、全然うまく行かなくて。あと少ししか時間がない中で、本当に演劇なんかできるのかな、って思ってる」
「どうして?」
 反射的にそう聞くと、飯岡は驚いたように顔をあげた。
「そこを相談しても大丈夫なのか?」
 不安と期待の入り混じった声だった。不安、期待、それはどこから来ているのだろう。私に対する心配だろうか。相談できる安心感からだろうか。
 その答えは、自分のことを思い返すとすぐに分かった。
 今まで私は、相談には乗ると言いつつも、相談されて迷惑な態度しかとってこなかった。
「いいよ!」
 吐き出した声は、どこか怒気を孕んでいる。
 これは、飯岡に対する怒りじゃない。私自身への憤りだ。
 飯岡は呆気にとられたように目を丸くしてこちらを見つめたあと、どこか安心したようにため息をつき、話し始めた。

          ■□■
 
 演劇の台本を自分たちで作って、練習日程を組み始めたころにはすべてがうまくいっていたらしい。
 役者となった人も支える人も、この台本が面白いと本気で思っていて、事実台本は何度読み返しても噴出してしまうほどに面白かった。
 これなら、最高のものができる。そんな確信が、飯岡の中にもみんなの中にもあった。
 試行錯誤しながら演劇を進めていき、少しずつシーンが目に見えてくる。そんな毎日が楽しく、どんどんと演劇の計画は前に進んでいた。
 その歯車が少し狂ったのは、一度全場面を通してみたときのことだった。
 ずっと練習に付き合ってきたクラスメイトの一人が、
「思ってたより笑えない」
 そう呟いたのだ。
 それは、小さな呟きで消えていった。けれども飯岡たちの心の中に一種の不安を残したことは確かだった。
 しかし、台本はいくら読み返しても面白かった。実際自分たちで作っていて、演技をやっている役者自身も爆笑してしまう、そんなシーンもあった。だからこそ、この作品は面白い、最高だ。その考えは変わらなかった。
 次に大きく狂ったのは、一度担任を含め数人の教師に見てもらった時のことだ。
 自分たちが爆笑していた場面のどれ一つとして、期待した笑いは返ってこなかったのだ。クスリとした笑すらない場面もたくさんあった。教師たちが帰ったあと、「なにかがおかしい」と、そうみんなで話し合った。そこででてきたのが、前に「思ったより笑えない」と言っていたクラスメイトだった。
「台本が面白くない」
 それがその人の主張だった。
 その主張は、台本を書いたグループの人たちの逆鱗に触れた。また、ほかのその作品が面白いと思っている人たちもそれに対してよい思いはしなかった。その人が、あまりクラスの中でも社交的なタイプではなかったこともあり、その意見は半ば無視され、演技がかみ合っていないこと、そしてコメディーの対象として教師たちは年齢が高すぎたのではないか、という意見でまとまった。
 しかし、次にそれぞれが知り合いを呼んでみてもらった時にも結果は同じだった。
 自分たちが面白いと思っていたところで、期待した反応が返ってこない。このあとにした話し合いでは、ついに台本が面白くないと主張する人がちらほらと現れ始めた。何が悪いのか――がいつのまにか「誰が悪いのか」の話になり、責任をなすりつける人を探して話し合いは剣呑な雰囲気になる。
 一度頭を冷やして考えてみよう、という飯岡の提案に沿って一度皆別れ、なんとか空気は少し持ち直したものの、気づけば演劇の当日があと数週間にまで近づいている。飯岡をはじめメンバーは盛大に焦った。 
 そんな中で狙ったかのように、作品のヒロイン役を務める女子が事故にあった。
 ――足を折った。全治二か月。
 慌てて代わりにやってくれる人を探しても、こんな雰囲気の演劇に今から加わろうと思ってくれる人は少なかった。役者の中でも分裂し、台本は面白くないと言いつつも直しはされず、役者が足りない。

 ――そんな状況なのだ、と飯岡は言った。

          ■□■

 予想以上にひどい状況だった。いや、今まで予想なんてして来なかったから、わからない。ただ、ひどい状況であることは確かだ。
「ねぇ、飯岡は」
 素朴な疑問が口をついて出た。
「まだ、それでも演劇をやりたいと思ってる?」
 本人がどう考えているのか、聞いてみたかった。私なら、私なら――と考えたところで、中学の時に味わったあの雰囲気が鮮明に蘇ってきて一瞬景色が遠ざかった。頭がクラクラする。
「――自分でもよく分からないんだ。最初にやり始めたときには、絶対にこれはいい企画になる。最後にみんなで楽しく最高の演劇をやって、仲良くなって、ってさ。でも、こんな風になるなら、やらない方がよかったんじゃないか、とも思うし、でもこんなことであきらめてもいいのか、とも思う。ホントにどうしたらいいのかわからないんだ。ただ、分かってるのはこのままじゃいけないことだけで」
 飯岡が無理矢理作ったとわかる笑顔で笑った。
「でも、俺が言い出したんだし、頑張らないとな」
 ――今日は、リフレッシュする。好きなだけここにいていいよ。
 そう言って、飯岡は立ち上がった。
 それを下から見上げながら、私は一つのことを考えていた。
 これはもしかしたら、チャンス?
 頭の中を乱舞する中学の頃の思い出と闘いながら、それが頭から離れなかった。
 私が一度諦めた、挫折したことをやり直すこれはいいチャンスなのではないか。あのとき、私がやめたことのその先を見れるのではないか。
 自分自身と向き合うきっかけになるのではないか。

 ――最後にするかどうか決めるのは紗綾なんだけどね。

 マスターの言葉が耳の奥によみがえる。
 最後にするかどうか決めるのは自分。もしかしたら私は、それを忘れていたのではないだろうか。そう考えると、今までの自分にぴたりと当てはまった。
 自分が行動するときに、常に指標にしていたのは誰かの言葉、誰かの評価だ。将来に向けていくつかの選択肢が目の前に現れたときにも、それを自分で選びとろうとせず、周りに沿って大学への進学に決めた。
 いつか、誰かが自分のするべきこと、進むべき道を教えてくれると信じて、ただやってくるものに対しても自分がしてきたことに対してもあやふやなままでいた。自分で選んだ選択で間違えるのが、もう嫌だった。
 このままでいいのか。 
 そう自分自身に問いかけたときにも、やっぱりそこより先へ進むことはしなかった。
 『私』ってなんなんだろう。私にしかない、私を私たらしめているもの。世界がノーと言っても私だけはイエスと言えるもの。私の中にある、決して否定できないもの。
 そんなものを持っている人なんて、本当にいるのだろうか。本当はみんな『自分』が分からないんじゃないだろうか。――いや、違う。啓はそうじゃない。この学校を休む、という選択をしてまで自分のしたいことを追いかけている。啓には「自分」が見えているのだ。
 なら、私は。私のしたいことは、しなければいけないことは――

「ちょっと、待って」
 言葉が口をついて出た。
「なに?」
 すでに歩きはじめていた、飯岡が振り返る。踏ん切りがつかず「その」と口籠った。
 ダメだ。
 言うべきことは分かっている。このまま悩んだら、また言えなくなってしまう。
 後先を考えずにとりあえず私は、口を開いた。胸の中から言葉を押し出すと、その先は一瞬だった。

 ――そのヒロイン役、やるよ。

 飯岡がぽかんと口をあけたのが見えた。私は激しく高鳴っている胸を押さえながら、もう一度その言葉を繰り返した。
それは、飯岡に言っているというより、自分に言っているという方が近かった。
 これでいい。
 もう一度演劇をやって、前の失敗に区切りをつけよう。そして、新しい一歩を踏み出すんだ。







<第六話へ>







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踏ミ出シタソノ足ハ改<第四話>

踏ミ出シタソノ足ハ改




〈4〉
 

 
 日がますます長くなり、古びた扇風機がかくかくと揺れながら首を振る季節になった。
 ――六月。
 文化祭まではあと一ヶ月と迫っている。 
 演劇は順調に進んでいた。台本を自分たちで作ることになり、大小道具や台本、演出に役者などのグループに分かれ、それぞれの作業を着々と進めていた。
 飯岡はそれらすべての司令塔のような立場にいるらしい。一応リーダーとしていろんな連絡を取ったり、はたから見ても忙しそうにしている。
 私は、ときおり飯岡の持ちかけてくる相談に乗り、それ以外は特に関わっていない。
 そう、これでいい。これが私の望んでいたことだ。
 淡々と日常が過ぎていく。一応この高校に進学していた時から定めていた大学に焦点を絞り、ただ毎日それに向けての勉強を続けていた。
 いつしか、朝日を見に行く習慣はなくなっていた。その代わり、定期的に「Cafe 綺月」へ立ち寄り、マスターと話をするようになった。カフェはいつも人が少なく、ほとんど私の貸切状態になる。
 それで経営が成り立っているのかと不安になり尋ねてみると、
「大丈夫だよ、たぶんね」
 とマスターははぐらかしたように言った。

 ふつうの平日である今日もまた、学校が終わってその帰りに立ち寄っていた。
 私は、ずっと胸に秘めてきた一つの質問をついに口にすることにした。
「マスターって――男なんですか?」
「どっちだと思う?」
 間髪入れずにそんな返事が帰ってきた。
「……え?」
「本当にいつ質問するんだろうって思ってさ、待ってた。ほかのお客さんはみんな、すぐに尋ねてくるのに、紗綾だけはぜんぜん尋ねないからね」
「一応、気遣ったつもりで……」
「自分の容姿くらいは分かってるつもりだよ。それにどちらかに見られたかったら、それなりの格好をする」
 思い返せば、マスターが男っぽい、もしくは女っぽい服装をしているのを見たことはない。それが営業スタイルと決めているのか、趣味なのか、いつ行っても黒のジーパンにタートルネックを着て、クリーム色のエプロンをつけている。
「ふうん、で、マスターはどっちなんですか?」
 すこし図々しいかな、と思いつつも聞くと、
「どっちだと思う?」
 と同じ答えが返ってきた。
「……結局、答えてはくれないわけでしょ」
「そう。ほかのお客さんには答えたんだけど、紗綾には言わない」
「なんで?」
「……なんでだと思う?」
 私は言葉に詰まった。
「じゃあ、今度までに考えてきます」
 ちょっといろいろと考えなおしてみようと思い、そう言うと、マスターはうなずいた。
 今日もミルクコーヒー、マスターの特性ブレンドで300円。マスター曰く破格の安さだそうだ。どうにも嘘くさい。
 店の外に出ると、向かいの民家の照りつけられた瓦屋根が、やけに暑そうに見えた。触ったらやけどでもしそうだな、と思った。

          ■□■

 結局私の達した結論は、マスターは女である、ということだった。なんとなく、受け答えが女っぽいのと、チラシの文字が、どうみても男の書いた文字には見えなかったのだ。
 もちろん、マスターは「そう思う?」と笑っただけで、本当のことを教えてはくれなかった。
 けれど、私はそうに違いないと思っている。

「なぁ、神井」
 昼休みに入って慌ただしく教室から人が出入りするようになると、飯岡が机のところへとやってきた。本番まであと一ヶ月を切っているからか、来る頻度が最近多い。
 来るたびに、来ないで、と思う。
 私なんかを頼っちゃダメだ。
「舞台のことなんだけどさ……」と言い出したのは、教室を演劇の舞台に変えることについての、相談だった。
「ごめん。よく分からないかも。本とかで調べてみたら?」
 するりと逃げを打つ。
 すると、飯岡は残念そうな顔をした。
 前から相談を受けても、こんなことが続いている。そのたびに、飯岡は、いまのような残念そうな顔をする。まるで、期待はずれだとでも言うように。
 けれど、私はそれを不快には思っていなかった。むしろ、ほっとしている部分もあった。
 期待なんかしてくれないほうがいい。そちらのほうが、私の身の丈に合っている。私は、飯岡が期待しているような、そんな人間じゃない。ただの、何もできない、目標もない、漠然と生きているだけのそんな人間なのだ。
 もっと、失望してくれていい。
 けれど今回は、飯岡は食い下がった。
「それがさ、やっぱり本で調べただけじゃ、どうしようもないと思うんだよ。実際にやってみたことがある人にしかわからない事ってあると思うしさ。それに」
 その先に続く言葉は大体予測できた。
 飯岡を中心に立ち上がっている演劇グループに正式に入ってくれ、とそう言うのだろう。ただ、相談を受けるだけではなく、もう一歩踏み込んで欲しいと、そう言おうとしているのだ。
「ごめん。無理」
 先を続けようと息を吸った飯岡を遮るように、私は鋭く言った。
「なんで?」
「なんで、って最初にそう約束したよね?」
「したけど……したけどさ、でも――」
「ごめん、無理」
 同じ言葉を繰り返すと、飯岡はようやく諦めたように首をふった。
「分かった」
 内心ほっとしたその感情を、表には出さないように努めながら、
「ごめんね」
 すまなさそうな顔をしてみせると、飯岡はしぶしぶ納得したといった表情でもう一度首を上下させた。

 去っていく飯岡の背中を見つめながら、鬱屈とした気持ちが心の中に溜まっていくのを感じていた。
 ――これが、本当に私の望んでいたことなのだろうか。
 ふと浮かんだ考えを、私は強引に振り払った。




<第五話へ>
 




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踏ミ出シタソノ足ハ改<第三話>

踏ミ出シタソノ足ハ改

 

〈3〉



 『Cafe 綺月《はづき》』は、この町の中でも特に古い地域にあり、古い瓦屋根の家が多く立ち並ぶ中で、ひときわ目立つ外見をしていた。洋館風の白い壁に赤い三角屋根。そこから突き出た煙突と、小さな窓。
(誰が、こんなところに、こんな家を建てたんだろう……)
 むしろ悪目立ちをしているとも言えるそれを見ながら、私はそう思った。
 青で縁取りされたガラスのドアを透かしてみると、店の中はクリーム色で統一されていた。道からは見えなかったが、ひとつ天窓が設けられているようで、店内は窓が少ないにもかかわらず明るい。
 入って正面に小さなカウンターがあり、その奥にいろんな材料が並べられているのが見て取れた。客席はその左奥だ。客の姿が見えないと思ったら店員の姿も見えない。不思議に思っていると、突然カウンターの奥でにゅっと人影が立ち上がった。この店のマスターさんだろうか。
 それを確認してからドアを押し開けると、上につるされたカウベルががらんがらんと、どこか間抜けな音で鳴った。
 ――いらっしゃいませ。
 そんな低いが太くはない声が耳の奥に響く。不思議な声だ。なんだか安心する。
 思わずその声を発した主の顔を見つめると、そこにいたのは、男性か女性かわからない人だった。
 女性的な男性と言われればそうにも見えるし、男性的な女性と言われればそうとも見える。
(どっちなんだろう……?)
 そんな疑問を口には出さないようにしながら、一人で席を占領するのも気が引けたので、カウンターに座る。
 メニューを取り上げると、それは全体がベージュで統一され、その上にさっきのチラシと同じ文字が連ねられている。ちょっと丸っこい、けれど読みやすくバランスのいい文字で、ほかにも小さな花のイラストなどが隅っこに書かれていたりする。これも手書きなのか、と思うとなんだか嬉しくなった。
「すみません、ミルクコーヒーください」
 一番シンプルなものを頼むと、
「ホットですか? アイスですか?」
 やはり不思議な声でそう返ってくる。 
「ホットでお願いします」
「はいよ」
 マスターは古臭い返事をして、ゆったりと準備を始めた。
 変な雰囲気がある一方で、どこか親しみやすい空気を持った人だった。
 やがて、カウンター越しに、湯気の立つコーヒーと牛乳の入っているらしい急須のようなものを渡された。ついで、小さなスプーンと小皿も渡される。
「味の好みは人それぞれだからね。自分で調整してみて。コーヒーは熱いけど、ミルクを入れたら丁度良くなるはずだから」
「はい」
 さっそく試してみる。
 一回目では苦すぎて、それに少し足したら丁度良くなった。ただ、飲むにはまだ少し熱い。スプーンで少しずつかき混ぜながら冷めるのを待った。
 マスターは、下は細身の黒いジーパン、上は黒のタートルネックと黒で統一していた。その上に、クリーム色のシンプルなエプロンをつけている。全体的に線が細く、髪は肩のところで切りそろえている。顔は、まさに中性的といった感じで、男であっても女であっても、綺麗という形容詞が似合う、すっとした上品な面立ちをしていた。
「――で、こんなところで何やってるの? キミ、学生でしょ?」
 その上品な顔が突然ゆがんだので、びっくりした。とても上品とは言えない、言いたくないけれどゴリラのような顔だ。
 思わずスプーンを手放してしまう。小皿に当たり、がちゃんと音がした。
「あ、すみません……」
 スプーンを置きなおしながら、とっさに言い訳を考える。
「……今日は代休なんです」
「何の?」
 明らかに信じていない口調で、返事が返ってきた。
 マスターの顔は、今度は額にすごい皺がより、目が細められ、口がすぼめられている。
 それを見ていると、なぜか言い訳するのもバカらしくなってしまって、私は起こったことをそのまま話すことにした。 
 知り合いではないからこその安心感、というものがある。何を話してしまっても、ここでのことは私の日常生活には影響してこない、という安心感。これは、途方もなく大きかったらしい。
 気づけば私は、日ごろから感じている焦燥感を含め、すべての悩みとも愚痴ともつかぬようなことをマスターに話していた。
 途中で自分で気づいたけれど、止めようという気にはならなかった。なぜなら、とても気持ちよかったのだ。安心して、自分の思っていることが口出せるというこの状況が。
 そして、マスターはとても聞き上手だった。
 元の顔からは想像もできないほどに表情をいろいろと変えながら、へえ、だの、そう、だの短い合いの手を入れてくれる。けれど、決して耳を傾けている様子を崩さない。そして、話を聞いていても全てに深く共感しているというわけではなく、ただ興味深そうに聞いてくれているのだ。
 それが、なぜか心地よかった。
 決して安易に共感はしないその距離感が、話しやすかった。
「ふうん、そうか……」
 私が話し終わると、マスターはそういって、ようやく真顔にもどった。
「そういう理由があるなら――」
 そこまで言って、ふと疑問を感じたように口に手を当てて止める。
「いや、そこまでの理由があっても学校には行った方がいいな。一応親の義務だし、親に金払ってもらってるわけだし、サボり癖がついたらあとで苦労するよ」
 説教臭くなく、ただの経験者の提案といった風だった。
「うん」
 少し冷め気味になっていたコーヒーを手に取りながら、うなずく。
「これ、飲み終わったらまた行くことにします」
「行ってどうするの?」
 さっきとは矛盾していると思ったら、違う角度からの質問だった。
「とりあえず、逃げ出してきたからまた戻ろうと思うんです。それで、さっきは言えなかったことを言います」
「自分がどうしたいか、を言う?」
「うん」
「なら、いいと思うよ」
 マスターは静かにうなずいた。
 話を聞いてもらっている中で、一つ気づいたことがあった。それは、どうやら私が、自分のしたいことを人に伝えるのが苦手らしい、ということだ。
 マスターはそれ以上何も言わずに、カウンターの奥で何かの作業を始めた。
 特製ブレンドだというこのミルクコーヒーを最後の一滴を喉の中に注ぎ込み、礼を言って立ち上がろうとすると、カウンターに小さな小皿に乗ったチョコレートケーキが出てきた。
「餞《はなむけ》」
 そう一言。
「ありがとうございますっ」
 勢い良く頭を下げて、かぶりつくと、ほろ苦い甘さが舌の上に溶けた。

          ■□■
  
 学校に戻ると、ちょうど昼休みになっていた。人がだいぶ出払った教室に入ると、残っていたらしい飯岡が驚いたように駆け寄ってきた。
「神井。頭……大丈夫?」
「……はい?」
 なんて失礼なことを言う奴なんだろう。仮にも表向きは途中で気分が良くなり、頑張って戻ってきたクラスメイトに対してそんな物言いしかできないとは見損なった。
 目付きを鋭くして見つめると、
「い、いやそうじゃなくて……その、頭が大丈夫かって、あの……」
 ずいぶんとと混乱しているようだった。
「――さっき、頭が痛そうだったからさ」
 そこで、ようやく納得する。
「心配ありがとう。でも大丈夫」
 ケーキのお陰だけどね、と心のなかで付け足した。「――で」と、飯岡の方をにしっかりと向き直った。戻ってきたら言おうと思っていた事があったのだ。今まで口に出せなかった、けれどカフェで変なマスターとしゃべったことで変な自信のようなものが心に芽生え、話せるような気がした――自分の望み。
「今日の朝のことだけど」
 そう口に出すと、飯岡の目がすっと真面目になった。その表情に一瞬、私は見とれた。こいつに、こんな表情ができたのか、と思った。気圧されそうになりながらも、なんとか自分の言葉を繰り出す。
「他に、知り合いで相談に乗れる人はいないの?」
 飯岡が引き締まった顔で、首を横に振る。
「いないなぁ。それに、うちには演劇部もないから学内にも相談できる人はいないからなぁ……」
 この学校に演劇部がないことは知っていた。
 だからこそ、この学校に進学したのだ。
「了解。なら、相談に乗ったりとかの協力はする。でも、演劇は、勉強があるからしっかりは参加できないよ」
 それに、私もちょっとやったことがあるだけだから、ぜんぜん何もできないよ。ほんとに、何もできないよ。
 そう付け加えてから、ようやく口を閉じた。
「……分かった。それで十分だ。あとは俺が勉強する」
 飯岡が噛み締めるように言った。
「それで、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」
 ゆっくりと、黒い瞳のその奥を見つめて私は言った。
「なに?」
「私が、演劇部に所属していたって話」
 そこで一旦息をつく。
「本当に啓に聞いたの?」
 私が中学の頃、演劇部に所属していたときの話は、啓にしかしたことがない。中学を卒業してから、引っ越しをしてこの高校に入学したので、その時の知り合いもいない。
 飯岡が不思議そうな口調で言った。
「――うん。確かに篠山に聞いたよ」
「その時、なにか話してた? 私が演劇部だったってことだけ?」
 勢いに今度は飯岡が気圧されながら、
「おう、それだけ。マジで」
 コクコクとうなずいた。
 それをしっかりと確かめた後、私は息をついた。
「……ありがとう」
 啓に確認に行こうか、どうしようか。あの不思議な友だちの考えていることは、私には分からなかった。
 飯岡は戸惑ったように頭をかく。
「なんでかよくわからないけど、どういたしまして」
 ああ、飯岡には今のやり取りのどこに意味があったのか、まったく理解できないだろうな、と思うとなんだか笑えてきた。一人でくつくつと笑っていると、
「な、なんだよ……?」
 飯岡が不満そうな顔をする。
「なんでもない。ただの、秘密」
 そういうと、もっと不満そうな顔をした。


 ――結局私は、啓のところに聞きには行かなかった。





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踏ミ出シタソノ足ハ改<第二話>

踏ミ出シタソノ足ハ改


 〈2〉



 朝起きると最悪の気分だった。昨日に続き、今度は夢でまた、あの記憶を完全に再現してしまったのだ。
 あの時のことを思い出すと、私はどうしようもなく自分のことが嫌いなってしまう。結局目の前のことしか見えずに、人からの忠告も無視して、回りを巻き込んであんな選択をしたことに、吐き気すら覚えるほどだ。
 身の程知らずにもほどがある。
 私みたいな人間がちょっと考えたくらいで決めたことなんて、成功するはずもなかったのだ。

 毎朝早起きして朝日を見ることが習慣になったのは、去年のことだ。
 気づくと習慣になっていて、よほど体調が悪くない限り毎朝、日の出の十五分前に起きて川沿いサイクリングロードから朝日を見る。
 近頃の曇り続きにも関わらず、今日は久しぶりの晴れだった。
 朝日を見れば、気分もすっきりするに違いない。
 私は急いで着替えをして、家を飛び出した。
 
 やがてサイクリングロードに着くと、私はありえない光景に目を疑った。
(なんで……?)
 どうして、飯岡蓮がここにいるのだろう。
「……飯岡?」
 ようやく言葉を絞り出すと、
「き、奇遇だな。神井紗綾《かのいさや》」
 飯岡が五分刈りの頭を掻きながら、よお、と手を上げた。
 昨日から気分が落ち込んでいる原因をつくった張本人と突然出会うことになり、一気に憂鬱になった。
 明らかに不自然だ。何故にフルネーム。頭を掻いているあたりが特に怪しい。
 身構えながら、
「おはよう。どうしたの?」
 挨拶をする。すると、飯岡がさらりと言った。
「その、さ。演劇とか興味ある?」
 予想すらしなかった質問に、一瞬の空白が開く。
 次に思ったのは、――また、演劇か、ということだった。狙っているわけではないと思うけれど、もうやめて欲しい。
「ないよ」
 ぶっきらぼうにそう返すと、
「うん、分かった」
 飯岡は、動じずにそう言った。そして、そのまま土手に倒してあった自転車を起こして、ひょいとまたがった。
 用事はそれだけだったらしい。
「それじゃ」
 飯岡の姿が見えなくなった後に残ったのは、疑問符と、まとわりつく嫌な記憶だけだった。

 その日の学校で、また文化祭の出し物についての話が出た。
 そこで飯岡は、演劇の題材の案として現代コメディーの台本をだした。簡単にあらすじの紹介を聞くだけでも、おもしろそうな作品だった。
「最後なんだから、みんなで客を大爆笑させて終わろうぜ」
 飯岡がそういうと、クラスの大部分が食いついた。
 コメディーは難しい、やれるわけがない。私はそれを見ながら、そう思っていた。いや、コメディーとかの問題じゃない。演劇は難しい。素人がやった自己満足の演劇なんて、見て面白いはずがないのだ。
 終わって後悔する前に、止めておいた方がいい。
 そう思ったものの、結局口には出さなかった。
 決定は次の日にすると言って終わったものの、演劇に決まるのはもう目に見えていた。

          ■□■ 

 次の日の早朝。
 しばらく良い天気が続くとの予報はあたっていたらしく、薄水色のカーテンを透かして明るい空が見えた。
 靴をはき、ドアを押し開けると、澄んだ冷たい空気が起きたばかりの顔に触れた。吐いた息が、一瞬白くなって歩く後ろへ取り残されていく。
 しばらく田んぼの中を歩いて行くと、やがて土手につく。草が短く刈り込まれた斜面を、膝に手を添えながらゆっくりと上がり、ようやく上についたときには体も少し暖まっていた。
 東の空の下に横たわる山際が、逆光の中にくっきりとした空と地の境界線を造り出していた。まもなくそこから朝日がのぼる。すでに淡い虹のグラデーションがかかっている空には、まるできれいに梳いた羊毛のように縦長で薄くそろった雲が浮かんでいる。昼間に見れば真っ白に見えるのだろう。けれど今は、山の向こうからまだ顔を見せない太陽の光を先にうけて、下を眩しいほどのオレンジで染め上げていた。
 ほとんど毎日見に来ていても、この空がまったく同じ顔を見せたことは一度もない。その日その日で雲の種類も違い、場所も違い、太陽ののぼる位置も、そこから放たれる光の質までもが違う。
 けれどいつでも共通しているのは、太陽は必ずのぼるということだ。私たちがいくら明日が来ないと思っていようと、それでも太陽はその一日の始まりを告げるべく、その顔を地表に出す。それは雲があろうと関係がない。決して変わらないものだ。
 ――そんなことを思ったのはいつだっただろうか。ずいぶんと前のような気がするが、よく覚えていない。
「……あ」
 ふと、明るい日差しが瞼を通して目に届き、朝日が顔を出したことを告げた。同時に、自分がいつのまにか目を閉じていたことに気づく。
 のぼる瞬間を見逃したことを少し残念に思いながら目をあけたとき、ふと頭に浮かんだのは啓の将来の夢の話だった。それは、私の友達が着実に前に進んでいて、私が足踏みどころか足を動かしてさえいないことの、単純にして絶対な証明だ。
 途端に焦りにも似た感情が湧き出してくる。
 それを、
(啓は啓で――私は私だから)
 私は、今日もそっと、頭から振り払った。

「おーい、カノイー!」
 ふと、弾んだ明るい声が耳につく。しゃかしゃかというペダルを回す音が後ろから聞こえ、振り返ると、飯岡の乗った自転車がブレーキをかけたところだった。
「やっぱり、いた」
 わずかに息を弾ませながら、飯岡が言う。
(うわ……またか)
 面倒な奴がきた。その顔を見て、とっさにそう思う。どんな理由があるのかもしれないが、それでも、こんな朝早くから人のプライベートな時間に踏み込む事自体が非常識だ。
 いや、非常識とかそういった事よりも、ただこの空間に自分以外の人間が入り込んだ事に、怒りが湧いていた。
「また演劇のこと?」
 自分でも思った以上に、尖った声が放たれていた。
「うん」
 飯岡がすこし目を丸くする。そして、わずかに声を潜めて、話し出した。
「それについてなんだけどさ、今日、決定になってるだろ」
 一旦言葉を切る。
「それで、まぁこのまま演劇に決まるとは思うんだけどさ、その先の事を今考えていて……だな。うん」
 わずかに視線を外し、路上の石をつま先で転がしながら、言葉をつなげていく。
「その……、俺は一応言いだしっぺとしてリーダーになるつもりなんだけど、一人じゃ不安でさ。だから、一緒にリーダーになってくれとは言わないけど、ときどき相談させてくれねぇ?」
 一瞬、頭が真っ白になった。
「ちょっと……待って」
 とっさにそう言って、頭を必死で整理する。
 飯岡は、私に演劇のことを相談させて欲しい、そう言っているらしい。
「……なんで?」
 なんで、私を指名するのだろうか。
「ああ、ごめん。それ言ってなかった」
 飯岡は手を頭にやって、ペコリと謝る仕草をした。
「俺、啓――篠山啓と昨年同じクラスでさ。なんかいろいろ聞いたんだけど、うちのクラスで今まで演劇部にはいってたことのある奴って、カノイしかいないんだよな。だから……俺、演劇に関しては素人だし、そういった知識のある人のフォローは、絶対に必要だと思って」
 唖然とした。
 なおさら、やらないほうがいい。けれど、その言葉はなぜか、口からどうしても出てこなかった。喉のあたりで引っかかったように留められてしまう。そのうちだんだん口の中が乾いてきて、なんどつばを飲み込んでも治らなくなった。
 答えない私に、
「いま答えをくれと言っているわけじゃないから。でも、ちょっと考えておいてくれると嬉しい」
 と飯岡は言った。そして、サドルにまたがるとペダルに右足をかけ、一気に体重をかけて前へ進み始める。片手をハンドルから離してひらひらとふりながら、
「じゃあ、ありがとう」
 その姿が小さくなるのを見ていると、ふいに口からずっと言いたかった言葉が、ようやく飛び出してきた。
「無理、だよ。やらないほうが絶対いい」
 なぜ、言えなかったんだろう。
 それはいくら考えても分からなかった。ただ一つだけわかったのは、朝日を見に来たあとに、こんなにも後ろ向きな気分になったのは初めてということだった。
 こんな初めては、なにも嬉しくないのに。

          ■□■
 
 文化祭の出し物は、演劇に決まった。
 私は結局何も言わずに、話し合いの経過だけを見ていた。そんな中で、最後の年となる文化祭の出し物――演劇は始まったのだった。
「では、一応この演劇を進めてくれるリーダーを決めたいと思う」 
 前に立つ、黒スーツに青のストライプのネクタイを締めた担任が、チョークで黒板をコツコツ叩きながら言った。黒い黒板に白い跡が点々と残されていくのを見つめる。
「まぁ、生徒会と連絡を取ったりする、クラスの代表だな。一人、二人いれば十分だろう。まず、立候補。それで出なかったら推薦な」
 さっさとしろとでも言いたげな顔つきでクラス全体をじいっと見渡し、担任はチョークを手の中でもて遊んだ。次第にみんなの視線が、飯岡の方に集中していく。それをみて、担任が、
「お、この感じだとお前か?」
 すこし茶化すように言うと、飯岡は立ち上がった。
「はい、俺、やります」
 はっきりとした口調で言う。
 クラスが一瞬静かになったあと、わあっと盛り上がった。男子の一部から飯岡コールまで起こる。そんな中で飯岡はわずかに手を上げて歓声に応え、またそれが爆笑を呼んでいた
「イイオカ……飯岡と」
 担任が、無機質な文字で黒板に漢字を二つ並べた。
「――と、もう一人誰か行く奴はいるか?」
「俺、一人で大丈夫です」
 飯岡がそう言うと、一際大きな歓声が上がった。盛り上がるクラスの中で、飯岡は一人きわめて冷静なように見える。
「本当か?」
 あのテストの答案を見ていると、先生は不安だぞ、というくだらない冗談に、笑い声が上がる。飯岡がちらりとこちらに視線を流した。一瞬だけ、視線が合う。目くばせする飯岡に、なんだか意味も分からず目くばせを返した。
「はい、大丈夫です」
 そう言ったその顔は、とても自信に満ちて見えた。なんで、そんな表情ができるのだろう。私には、こんなことができるような気がしない。やっても無残な結果になるようなイメージしか、恥をかくイメージしか浮かんでこない。
(もしかして――)
 一つの考えが、頭に浮かび上がった。
 もしかして、さっきの視線は確認だったのではないだろうか。だとすると、あの自信を支えているのは、『私』だ。
 そう悟った瞬間、私の頭の中にはあの時のことが正確に再現されていた。私はダメだ。できない。やれるわけがない。
 湧き上がった感情は、自分自身にとっても不可解だった。
 ――怖い。ここに居たくない。
 意味もわからず、ただ湧き上がり続けるその感情を、膝の上に爪を立てて何とか耐えようとする。けれど、それはどうしようもなく身体を駆け上がり、頭までも一瞬で支配した。
 震えないように必死で制御しながら、手をあげる。
「すみません。気分が悪いので早退してもいいですか?」
 すこしたじろいだように「おお」と答える担任を確認するとすぐにノートをカバンに詰め、立ち上がった。大丈夫? とあがる声に「うん、ちょっと熱があるかも」と答え、教室を出る。
 とにかくどこかに行こうと思った。
 この恐怖から逃れられる、どこかに。
 学校を出て歩き出すと、ふと、電信柱に貼りつけられた一枚の手書きのチラシが目に飛び込んできた。それはカフェのチラシだった。ここからも歩いてそんなに遠くない。
(甘いものでも食べれば、楽になるかもしれない……)
 そう思うと現金なもので、私の足は自然とそこに記されていた住所の方向へと歩き出していた。

 学校を出たからか、飯岡から離れたからか、心はいつのまにかずいぶんと落ち着いてきている。心を圧迫していたものが少しずつ緩み始め、自分がなんであんなふうに感じたのかすら疑問に思うほどだ。
 けれども学校に戻る気にはとうていなれず、私は足をすすめた。



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踏ミ出シタソノ足ハ改<第一話>

踏ミ出シタソノ足ハ改


〈1〉



 足元のひび割れた路面から、春の息吹が顔をのぞかせていた。黒くごついアスファルトの断面から、小さな緑色の若芽が背伸びをしようとしているように見える。
 縦長の町に寄り添うようにして流れる川。大きいとは言えないけれど、小さくはないその川沿いの土手の上に、その道――サイクリングロードはあった。結構人気のコースらしく、平日の昼間であっても、派手なウエットスーツのようなものを着た、いかついおじさんたちが列をなしてものすごいスピードで自転車を走らせている。
 気づくといつのまにか、ここに来ていた。
 四月も終わりに近づく学校の帰り。朝日どころか夕陽すらまだ遠い時間帯に、それでもどこからか太陽が上ってくるような気がして、私は川の向こうの山を見つめた。
 憂鬱だった。
 だから、ここに来たのだろうか。
 自分を連れてきた足に聞いてみても、当然答えてくれるわけもない。小さくため息をつき、立ち止まると、自然と今日の学校で起こったことが頭の中でリピートされていた。

「演劇をやろう」
 私達にとって最後の文化祭となる、七月に向けクラスでの出し物を決めようとしていた時。
 そう提案した奴がいた。
 チビ――もとい、飯岡蓮《いいおかれん》。まだクラスメイトとなって一ヶ月も経っていないけれど、その背の低さから一瞬で意識の中に入ってきていた。それこそ、見た瞬間に自分の中で「チビ」というまるでペットのような仇名をつけたほどだ。
 その提案自体は、よくあるものだった。
 別に、最後の文化祭でクラスとして演劇をすることは、珍しいことじゃない。
 ただ、その「演劇」という言葉で思い出したことがあった。いや、正確には思い出したのではない。ずっと――頭の片隅に居座り続けてきたことを、また強く意識してしまったのだ。
 とたんに自分という人間が、本当に嫌になった。
 ――高三にもなって、まだ何も決められていない。何もしようとしていない。二年前のあの時から、何も変わっていない。
 こんな自虐的なことをずっと考えていても、仕方がないのは分かっていた。それでも、その考えは頭をどうしても離れようとしない。
 だから、思い出したくなかったのに。
 頭から離れようとしない記憶は、まるで私に『思い出せ』と言っているようだった。
(――全ては飯岡が悪い)
 八つ当たりだと思っていも、そう決めつけないと心が休まらなかった。さんざん口には出せない悪態を心の中でついたあと、私はまだ消えようとしない記憶と共に、帰路についた。
 四月のこんなにも心地よい時期なのに、なんだかついてない。
「それもこれも、チビ、お前のせいだ」
 口に出すと、ようやく少しスッキリした。  






<第二話>


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踏ミ出シタソノ足ハ改<Prologue>

踏ミ出シタソノ足ハ改


〈prologue〉

 
 
 私が親友、篠山啓《しのやまけい》の夢について聞いたのは、もう二年ほども前のことだった。
 その時の天気や周りの状況、そんなものはすでに霞んでしまっているけれど、啓の表情だけはよく覚えている。少し息を弾ませ恥ずかしそうに――けれど楽しそうに話す啓は、これまでに見たことのない輝きを放っていて、思わず「凄いね」と口に出していた。
「うん」と悪びれずに答える啓は、なぜかとても眩しく、どこか羨ましく思える。
 けれどそれと同時に、この人は私とは違うという思いが、心の底からわきあがっていたのを覚えている。

 進学、就職、将来、夢。
 そんな言葉を少しずつ周りで聞くようになった。
 高三にもなると誰もが将来に向けてせわしなく、抜け目なく動き回り、――その中で私はただ一人、取り残されているのではないか。そう感じる時があった。ただ一人、時間が止まっているような、そんな錯覚を時たま覚えることがある。
 同じように学校に来て、机に向い、教師の話を聞きノートを取っていたとしても、それを得て先に進んでいく人と、それだけの人がいる。私は間違いなく後者の人間だ。何の目標もなく、ただ惰性のように勉強を続けているのに、新しい目標を見つけようともせずに、ただのうのうと毎日を過ごしている。
 自分と悩んでいることは違うけれども、同じような悩みかたをしている主人公に「それに気づいた時点で第一歩だよ」という言葉が投げかけられる物語をどこかで読んだ記憶がある。ならば確かに、これが第一歩なのかもしれない。けれどなぜ、次に踏み出すための足がどこにも見えないのだろう。
 第一歩を踏み出したはずなのに、二歩目を踏み出す足はどこにもないというのだろうか。
 
 ――二歩目を踏み出せない一歩は、もはや一歩と呼べないのではないだろうか。




<第一話へ>


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踏ミ出シタソノ足ハ改<紹介>

踏ミ出シタソノ足ハ改

  あらすじ

 自分の<二歩目>はどこにあるのだろう。
 あの時、確かに踏み出したはずだった<一歩目>はどこにいったのだろう。
 日々の中で、自分だけが立ち止まっているような焦燥感を抱えながら生きる主人公は、とあるきっかけからクラスメイトの飯岡蓮と関わりを持つようになる。
 何者をも恐れずに前へ進んでいく彼に、嫌悪感と同時に仄かなあこがれも抱いていく主人公。

 変わりたい。
 けれども変わりたくない。
 
 矛盾しているようで矛盾していないその二つの気持ちの中で主人公は揺れ動く。




  解説

 この作品は、当サイトにもUPしている「踏ミ出シタソノ足ハ」を改稿したものです。
 前作がかなり感覚的だったところもあり、自分の中を探っていくような書き方になりました。中々エンターテイメントとしてはオカシイ書き方のような気がしますが、それでも自分としては他人に読んでもらうことを精いっぱい意識したつもりです。
 改稿した、と言うと少し語弊があるかもしれません。
 いつのまにか作品中に「演劇」という単語が出てきていたり、ほとんど話の展開が替わってしまっていたり、キャラクターもどこかへ消え失せていたり、怪しいカフェとそのマスターが現れたりします。なかば別作品なのではないかと自分では思っていましたが、それでも久しぶりに読み返してみると、案外ベースがあるものだな、と思いました。
 まだまだ、まだまだまだまだ未熟ですが、何かが読んで下さった皆様に届けばいいなと願います。





  各話リスト



<Prologue>
<第一話>
<第二話>
<第三話>
<第四話>
<第五話>
<第六話>
<第七話>
<第八話>
<Epilogue>


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踏ミ出シタソノ足ハ<エピローグ>

踏ミ出シタソノ足ハ



【Epilogue】

 いつのまにか、日が随分と傾いて、川の反対側の山へとかかろうとしていた。そもそも川沿いの土手が高いのと街全体として大きな建物がないことが合わさって、大きな夕日がはっきりと見える。
 そういえば、毎朝朝日は見ていても、夕日はほとんど見たことがなかったのを今更知る。朝日よりも、けっこう目にするものだから、今までそこまで意識したことはなかった。
 土手を上がって、三人で夕日を見つめる。
「おお、オレ初めてこんなふうにしっかりと夕日が沈むの見た」
 飯岡が興奮したように言う。
「確かにしっかりと見たのは初めてかも」
 それに、啓が同調した。
 私たちはなにも言わずに、夕日が徐々に山際からその姿を隠していくのを見ていた。それは、改めて見ると「一日を終わらせている」そんな貫禄を持っていた。やがて最後の光を地上に投げかけてからその姿を隠す。途端、少し気温の下がった風が吹き始める。
 その心地よさに身を預けながら、
「そろそろ帰ろ」
 そう二人を促して、歩き出した。
 この季節なら、すでに七時を回っているはずだ。
「そういえば、二人共どうやってこの場所が分かったの?」
 慌てて後をついてくる二人に尋ねると、
「オレは神井のあとをつけた」
「私は飯岡のあとを追いかけてきたら」
 そう返ってきた。なんだかおかしくて、くつくつと一人で笑ってしまう。
 やがて、駅の前で電車組の啓と別れ、市内でも随分と離れたところに住んでいるらしい飯岡とも途中で別れる。
 家にたどり着くと、お母さんが家の前にたってこちらを睨んでいる。
「理由は?」
 ただいまも言わせずに、そう切り出された。
「ちょっと、補習があって……」
 とっさに出てきた嘘は、お母さんの眼光に竦められて、尻すぼまりになった。これじゃ、嘘だとまるわかりだ。
「さぁ、話しなさい」
 ドスの利いた声で脅され、私はついに観念した。一度話しだすと止まらない。喋らないでおこうと思っていたことまで、うっかり喋ってしまう。
 十五分後。あたりには、お母さんの笑い声が響きわたっていた。時間帯によっては近所迷惑になるんじゃないか――いや、既になっているような気もする。
 やがて、ようやく笑いが収まった母さんは、それでも息絶え絶えに言った。
「――青春してるのね、アンタたち」
「うるさい!」
 カチンと来て、鼻息荒く通り抜けようとすると、今度は素直に横にどけた。いい加減お腹が減っている。急いでドアを引くと中から美味しそうな味噌汁の匂いが漂ってくる。
「ただいま!」
 そう叫んで、家の中に乗り込む。
 ふと後ろから、お母さんの声が風に乗って運ばれてきた。

「何かを始めようと思った時――それはすでに始まっている、ってやつね」








【完】









ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!!
近日、踏ミ出シタソノ足ハ(改)の方もUPいたしますので、興味がおありの方は合わせて読んでいただけると面白いかもしれません。ほとんど改稿というよりも別作品になっていますが……。



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踏ミ出シタソノ足ハ<第七話>

踏ミ出シタソノ足ハ



【7】

 点呼が始まるぎりぎり前に、教室へ滑り込んだ。視界が、自然に啓と飯岡を捉える。私の視線に気づくと、ふたりはなぜだか辛そうに、目を伏せた。それは、私を怒っているような仕草ではなく、呆れているような仕草でもなく、なにか心のなかに疚しい思いを抱えているような、そんな仕草だった。
 そうして学校にいる間もずっと、私たちは目を合わさなかった。私から視線を送っても、ふたりは目を逸らし、私がふと視線に気づいてそちらを見た時には、既に目を伏せている。そんなことを、何度も何度も繰り返した。
 ほんとうに何が起こっているのかわからなかった。私はただただ困惑して、視線を送り続けた。

 学校が終わり、一気に教室は騒がしくなる。とても飯岡たちとは言葉を交わせるような気がせず、私は出来る限り早くに荷物をまとめ、教室を出た。
 家に帰るとまたうじうじと悩んでしまいそうな気がして、寄り道をしていこうと思った。ずいぶんと遠回りになるけれど、川沿いのサイクリングロードを歩こう。そう思って帰り道を変える。
 しばらく歩いてから適当に止まる。土手に三角座りをして、相変わらず大きな川の音を聞いていると、後ろから「神井」と声をかけられた。振り向くとそこには、飯岡がいる。
 慌ててはね起きて、「あ、ごめん」と反射的に謝った。――ごめん、ってなにが? そんな明るい返事は、聞こえて来なかった。
 見上げると、飯岡が今にも泣き出しそうな顔で私を見下ろしていた。
「ど……どうしたの?」
 いつも笑っているイメージしかなくて、初めて見る表情に私はますます戸惑った。何があったのだろうか。噛み締めた奥歯のあいだから、くぐもった声で、
「ゴメン。行けなくて」
 そう飯岡が言った。
「いいよ、風邪なら仕方ないし……というかそれより、私のほうが謝らなくちゃいけないからさ。ゴメン、HR全然進まなかった。また来週に持ち越しにしたけど大丈夫かな?」
 そこまでたてつづけに喋って、ふと目の前に落ちた水滴に気づいた。その源は、探すまでもなかった。飯岡の眼だ。
「違う……違うんだ」
 飯岡は、そう言って涙を拭った。けれど拭うよりも早く、涙が溢れていく。
「はい、ハンカチ」
 そう言って、白い無地のハンカチを差し出したのは、私ではなくいつのまにかその場にいた啓だった。彼女は泣いていない。けれど、その目には辛そうな色が浮かんでいた。
「そう、違う」
 啓が、言った。声はわずかに震えていた。
「彼が言っているのは、休んだ理由の方だから」
 それは、まるで彼女が、飯岡の事情を知っているような言い方だった。聞いた瞬間、心のなかに今まで感じたことのない黒い感情が沸き上がってきた。
「どうしたの?」
 やさしく促したはずの声は、自分でも知らぬ間に、大量の棘を含んでいる。
 啓にもらったハンカチを結局使わずに握りしめたまま、飯岡が私を正視した。その顔にあふれていた根拠の無い自信は、もうどこにも見当たらない。
「逃げたんだ。オレは、オレたちは……お前から、さ」
 そして、つっかえながら説明を始めた。

 ――啓がそれを思い出したのは、私が飯岡の話を啓にするようになってかららしい。啓は中学生の時に、飯岡と同じクラスになったことがあった。
 その頃も啓曰く、飯岡は今と変わらず――本当はサッカー部なんて入っていなくて――ただいつも、理想だけ唱えていた。
「飯岡は、口先だけなんだって、私は知ってた」
 啓は、ごめんと飯岡に断ってから、そう口にした。
 飯岡はいつもいつも率先して物事に取り組み、結局、中途半端になる。なんとか、話術の器用さでそれをごまかし、人の頑張りに乗っかって自分も頑張っているような、そんな満足感を味わっている。それを見ていたからこそ、啓は不安に思って「飯岡ってどんなヤツ?」そう聞いたのだ。
「オレだって、それくらいはわかってた。自分が口先ばかりで、何にも本気で取り組んだことがなくて、そんな最低野郎だって……でも、高校になったら変わろうって、そう思ってた」
 飯岡は、みっともないほどに涙をこぼしながらそう言った。
「変わりたかったんだ」
 そう繰り返す。
 そこまで聞いて、私は初めて自分が飯岡に言った言葉を思い出した。
 ――「いろんなことにどんどん挑戦して、行動して。凄いよ、ホントに」
 ――「ううん、挑戦できてる時点で凄いって」
 私が憧れていた飯岡は、本当の飯岡とは全然違っていたのだ。
「自分と違って行動できる、そう思って飯岡に憧れてる紗綾が傷つくのは分かりきってたから。だから、忠告しようと思って……でも今の飯岡のことを知らないから、それを確認しようって……そう思ってHRの前の日に、飯岡を帰り道で待ち伏せして」
 前に行った言葉に継ぎ足すように、啓は言葉を搾り出していった。こんなにも、整理されていない話し方をする啓を見るのは、初めてだった。
「でも……やっぱり飯岡は、なんにも変わってなかった」
 その言葉が放たれたとき、飯岡の顔がこれまでにないほど辛そうに歪んだ。
 それを見た瞬間、なぜ私が、飯岡とあんなにも早く打ち解けられたのか、分かったような気がした。私も飯岡も今の自分が嫌いで、「変わりたい」そう思い続けて、でも実際に変わる勇気が出なくて、結局変われないまま高校生活を終わらせようとしていたのだ。
 だからこそ、同じタイミングで文化祭というきっかけに飛びついた。
「卒業するまでに、絶対に変わってこうと思ってた。でも、実際にその一歩を踏み出す勇気が出なくて、その勇気をくれたのは神井だったんだ」
 私がなにも言わずに勉強してくる姿に、ずっと憧れていたと飯岡は言った。
「他の人が、どんなにダルイとか、カッタルいとか言っても、その中でなにも文句を言わずに勉強を続けてる。口先だけの自分と違ってすごいと思ってた」
 違う、私はただ、楽な方へ楽な方へと行こうとしていただけだ。
「むしろ、私は理想を口にできる飯岡に憧れてたんだよ」
 そう口にすると、飯岡は首を横に振って、辛そうな笑みを浮かべた。
 啓が飯岡と話しに行った日、やがて二人は口論になったという。
「変わりたいって理想を口にし続けるだけで、なんにも行動しないなら、ありのままの自分を紗綾に晒すか、それとも近づかないでくれって、そう言ったら、じゃあお前は今の自分で満足してるのか、変わりたくないのかってそう返された」
 啓が、いつの間にか落ち浮いた口調で言葉を紡いでいく。
 ――「満足してるよ」
 ――「嘘つけ、ならなんで神井に『私も応援する』なんて言ったんだよ。いつも神井がいない所で、文化祭とかどうでもいいってずっと言ってるよな。なのになんでだよ。本当は、文化祭を楽しんで参加できるような自分になりたかったんじゃないのかよ!」
 いつの間にか見透かされていた心に、啓は戸惑い、そして逃げた。
「本当は、そう思ってたんだ。アタシは人にあんまり関心が持てない。だからこそ素直に物事を応援できる人に憧れてた」
 ――アタシも変わりたかったんだ、ずっと前から。でも、変われなかった。変わってしまったら、自分が自分じゃなくなってしまうような気がして、結局自分の言った言葉から逃げた。
 そう、啓は呟いた。
 だから、オレたちは二人共、HRに行けなかった。いや、行かなかったんだ。ごめん。
 そう飯岡が締めくくった。

『変わりたい』けれど『変わる勇気』がなくて『変われない』。
 ただ行動してみることさえできなかった、究極のヘタレがここに三人いる。
 二人の顔を見ると、凄くみじめな容貌になっている。見えないけれど私もそうなのだろう。これだけみじめな人間が揃うと、それはそれで壮観なのかもしれない。
 ずいぶんと長い話しの後、静けさが場を支配していた。心のなかに渦巻いているのは、不思議な感情。それを、なんとか言葉にしようとして口を開く。
「結局さ、私達がやってたことって何だったんだろうね」
 言葉がするすると口を衝いて出る。
 相手を誤解して、一歩を踏み出そうとして、自分自身に失望して、挫折して、そうしていまここに集まっている。ふと、昔に誰かから送られた詩を思い出した。「終わりは始まり」そんな一節で始まる詩だった。
「いろんなことが始まって、終わって。それを繰り返していくことが、変わっていくことなんだって、いつかどこかで読んだことがある」
 今にも溢れ出そうとしているその感情は、なぜか肯定的なものだった。
 私たちは失敗した。挫折した。けれど、もしかしたらそれこそが、すでに――、

「なら、もしかしたら――私たちはもう、始まりと終わりを何周もしてるんじゃないかな」

 それは、私達がすでに一歩を踏み出せているのだと肯定しているのに他ならなかった。
 本当に私たちは、一歩を踏み出していなかったのか?
 違う。
 これまでも変わってこれなかったのか?
 違う。
ただ、それを認識していなかっただけだ。
「ちゃんと言えるか分からないんだけど
 私は、ふと心のなかで見つけた真理を口に出した。
「私達って、理想が高すぎて足元のことが見えてなかったんだと思う。自分で踏み出した一歩を、そのままなかったことにして、引っ込め続けてたから、前に進めなかったんだと思う」
 口に出すと、案外それが真理のような気がした。
 小さな始まりと終わりを見つけられるか、それが前に進んでいけるかどうかの分かれ目なのかもしれない。
「私もさ、なんの目標もなくてただ勉強をやってる自分が嫌いで、もしかしたら飯岡と一緒に居れば変われるじゃないかと思ってた。それで担当に立候補して、自分が変わってるって思えて嬉しかった。どんどん理想の自分に近づけてるような気がして。でも、HRで嫌な雰囲気になって、こんなことならやっぱり変わらなくてもいいって思った」
 息を深く吸う。
「だけど、そこまでを含めて、私は変われたんだと思ってる。小さな始まりと終わりだけど、その中で絶対に私は前に進めてるんだって、ほんの小さな一歩だけど、それでも確実に進んでるんだって」
 そこまで言うと、涙が目から溢れてきた。
「だから、みんな変わってたんだよ。ただ、それを見ていなかっただけで」
 ――それが、私達の始まりだ。




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踏ミ出シタソノ足ハ<第六話>

踏ミ出シタソノ足ハ


【6】

 新しい一週間が始まり、入念に準備を繰り返してきたHRの当日、飯岡は学校を休んだ。啓も休みだった。
 担任によると、二人とも風邪という連絡があったらしい。
 もともとは板書をするだけの予定だった私は、突然のことに戸惑った。昨日まで飯岡が凄く元気そうで、風邪というのが信じられなかった。
「その……今日は、文化祭でやりたいことを募集したいと思います。それを元に、来週決定するので……」
 代わりに司会をすることになり、私はたどたどしくみんなに説明した。
 けれど、返ってくるのは暖かくも冷たくもない、ただ無関心な空気だった。心底、早くここから出ていきたい、そう思う。けれど、それを堪えることこそが私が変わっていける第一歩だと思い、かろうじて崩れそうな顔を保った。
 沈黙はやがて、ざわざわとした落ち着きのない空気へと変わった。
 誰か、案をだしてよ。
 そう、心のなかで呟いた。けれど、ざわめきが大きくなる以外、なにも変わらなかった。
 もう嫌だ。これが変わろうとすることなら、変わらなくてもいい。ついそう、思ってしまった。『絶対に見つけてみせるよ』、そう言った飯岡の顔が霞む。
 自分に失望した。
「案がまだ無いようなので、次回まで期限を延ばします。各自考えてきてください」
 そう小声で言って、逃げるように自分の席へと戻った。
 こんな事で逃げ帰った自分が、嫌で嫌で仕方がなかった。――ごめんなさい。そう、心の中で啓と飯岡に謝った。

 次の日の朝。自然と四時半に目が覚めた。
 そのまま、着替えて外に出る。早朝の涼やかな風が、腫れぼったいまぶたに当たって、後ろに流れていく。山間部では雨が降ったのか、川は濁流となって激しく流れていた。その音を聞きながら、ただ、いつもの公園を目指して歩く。身体が自分のものではないように、意識にもやがかかっていた。
 ベンチに座ると、後ろに手をついて東の空を見上げる。
 朝日がのぼると一日が始まる。ただ数学的に決められた時間じゃない、本当の生きた時間が――一日が始まるのだ。それは、この世界でなにが起こっていても、絶対に変わらなくて、ただ繰り返されている。
 この朝日に力をもらって、そして飯岡に出会って、新しい一歩を踏み出せたと思っていた。けれど、それは違った。なにも変わっちゃいない。この世界も、私も、なにも。
 成長することと、変わっていくことの違いはなんだろう。成長していくのは、何かを始めていくことで、変わっていくことは、何かを終わらせることだ。私には、成長することも、変わることもできない。ただ、時間が止まっている。
 空のグラデーションが鮮やかに、初夏の空気を彩っている。
 まもなく日が昇るのだろう。
 やがて、昨日からは少しだけずれたところから、一筋の光が放たれた。それは、一日の始まりを告げる光のはずなのに、私には一日の終りを告げる光にしか見えなかった。
 そしてその日、私は学校を休んだ。

 啓や飯岡は、私を笑うだろうか。失望するだろうか。
 なにも考えずに周囲にながされていく自分が嫌で、けれど変わることができなくて、飯岡の一言で目覚め、啓の言葉に救われ、そして一歩を踏み出して――それでも踏み出したその足は幻影に過ぎなかった。
 変わったことは変わった。
 けれど、こんな変わり方なら、私は変わりたくなかった。
 自分の惨めさに涙がとめどなく溢れて、ベッドのシーツにへとこぼれ落ちていく。すでに大きな染みができているそこには、ちっぽけな自分が写っていた。
「なんで……」
 ほとんど言葉にならない声が漏れた。
 分からない。
 なにが正しかったのか、なにが間違っていたのか。たった一週間の中で、たったそれだけのことが分からなかった。
 こんなとき、飯岡ならまた立ち上がるだろう。啓なら、表情ひとつ変えずにすべてを受け流すだろう。けれど私は、みじめに這いつくばって、立ち上がる勇気の持てない自分を許して、その惨めさに泣いている。
 そうして一日、ベッドの上で泣き続けた。
 そしていつのタイミングかはわからない。後悔の感情は、いつのまにか諦めに切り替わっていた。これらすべては、私が勝手に思っていただけで、実際にあのふたりにはなにも迷惑はかかっていない。HRのことは十分あとで取り戻せる問題だ。
 心の底から沸き上がってくるいろんな思いを、すべて氷でできた檻の中に閉じ込め、私は部屋を出る。世界は、心なしか灰色がかって見えた。
 それでもまだ「変わりたい」そう言い続ける声には、幾重にも頑丈な鍵をかけた。




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踏ミ出シタソノ足ハ<第五話>

踏ミ出シタソノ足ハ


【5】

 学校に早めに着くと、清々しい気分だった。まるで生まれ変わったような具合だ、世界が違って見える。すべてが肯定的に捉えられる。
 まだ始めてみただけだけれど、それだけで私の中には「変わり始めた」という実感が渦巻いていた。きっかけは、飯岡の『でも、絶対に探してみせるよ』という言葉だ。それを聞いていなければ私は、一歩を踏み出せないままずっと生きていただろう。
 ――私は、彼に憧れている。
 その言葉がストン、と胸の中に落ちる。そうだ、私は彼のようになりたいのだ。新しいことにどんどんと挑戦していき、自分から動いて、人を変えていく。そんな人に。
 昼休み。啓とは離れて、飯岡と二人で話し合いをした。次から始める、クラスの出し物案募集について。司会は飯岡、板書が私ということになった。てきぱきと話を進めていく飯岡に、思わず言葉がこぼれていた。
「凄いね、飯岡は」
 勢いをそがれたように、飯岡が「え?」と聞き返した。
「いろんなことにどんどん挑戦して、行動して。凄いよ、ホントに」
 ――憧れる。
 その一言を告げると、飯岡が照れたような表情を見せた。
「神井から、そんな風に言ってもらえるとは思ってなかった」
 意図を汲み取れず、首をかしげてみせると飯岡が慌てたように続けた。
「神井って、勉強できるし、とりあえずなんでもできるっていうタイプじゃん? オレ、何も出来ないからさ」
「ううん、挑戦できてる時点で凄いって」
「それなら、神井だって同じだから」
 それに対して、私はまた首を横に降った。――私が、これに参加できたのは、飯岡のおかげだから。その言葉は、さすがに恥ずかしすぎて口には出せなかった。
「違わねぇよ」
 そう、少し怒ったように飯岡が言った。それは、なぜか自分を責めているようでもあった。けれど、私はまた首を横に降った。口には出せない感謝を、なんとかして伝えようとして。
 もう一度同じ応酬をした後、ふたり揃って吹き出した。
「よし、続けよう」
 飯岡が手をたたき、私が頷いた。そんな距離感が、やけに心地よかった。

 それから一週間は、申請用の書類などを揃えているうちに過ぎ去った。
 ずいぶんと、変則的な一週間のなかで、でも、毎朝朝日を見るのは止めなかった。
「なんか、変わったね。急に明るくなったじゃん」
 作業がある程度落ち着いた金曜日の昼休み、久しぶりに啓と昼ご飯を食べた。相変わらず、手作りの弁当は美味しそうで、それをすました顔で食べる啓も相変わらずだ。
「そうかな」
 こちらもすまして返すと、「そうだよ」とぶっきらぼうな返事がある。
 つまり、これまではそんなに明るくなかったということだろうか。淡々と箸を運ぶ啓に尋ねると、
「そりゃ、そんなに楽しそうな顔をしてるのを見たの、初めてだよ。まぁ、付き合いまだ一年ないけど」
 不機嫌そうに返ってきた。
 その原因がわからず、私は首をひねった。そのまま自分の弁当に視線を落とし、カツカレーであることを確認する。今日も美味しそうだ。
「ねぇ、飯岡ってどんなヤツ?」
 声に反応すると、啓がいつの間にか箸を置いてこちらを見ていた。
「どんなって、凄い人だよ」
「凄いって、どんなところが?」
「どんどんなんでもやっちゃうところかな」
 文化祭に向けた話し合いの合間に、いろいろとこれからやっていくつもりのことを話してくれた。地域の祭に参加したり、部屋を改造したり。勉強も、予定を決めてやろうとしているらしい。
「ふうん」
 啓が、どこか意味ありげに呟いた。
「なんで、そんな事聞いたの?」
「え?」
「だから、なんで飯岡のこと聞いたの?」
 その意味を知りたくて、問い詰める。けれど、啓は「何でもない」と口を割らなかった。




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踏ミ出シタソノ足ハ<第四話>

踏ミ出シタソノ足ハ



【4】

 始まってしまったことは、もう取り返しがつかない。
 その日の放課後から始まった話し合いで、昼休みに飯岡が確認してきたらしいことを共有し、HRで話し合う内容と日程を決めた。さっそく次回から、何をするのかの案を集めなければいけない。
「オレ、そういえば言ってなかったけど、レン。飯岡蓮。改めてよろしく」
 放課後、残っていた私のところにやってくると、飯岡はまた同じように手を差し出した。握手に応じると、やはり大きな手のひらに圧倒された。背は私より低いのに、なぜ手は大きいのだろう。
「私は……」
 そう言いかけたところで、飯岡に遮られた。
「あ、知ってる。サヤだろ紗綾。神井紗綾だよな」
 名前をそう連呼される。そしてそのまま話し合いが始まった。
 実際話し合いをする中で、飯岡の発言は外見に似合わず安心感があった。それは、彼自身が行動することを前提としているからだろうか、回りくどくないすっぱりとした意見を言うヤツだった。
「たぶん、みんなはヤル気ないだろうけどさ、それでもクラスで最後にやる行事だから、精一杯やりたいよな。楽しい思い出を残してさ、それで卒業していったら、絶対に未来が変わると思うんだよ。ただ、勉強だけやって進学していくよりも、絶対に学ぶことがあるはずなんだ」
 心の中で芽生えた期待は、たった一日のうちにどんどんと大きくなっていった。
 教室の壁に貼り出す、大まかな工程表の制作を引き受けてしまったのも、そんな期待感が心を覆っていたからだった。
 彼についていけば私は変わっていけるのではないか。そんな確信に満ちた期待だった。

 家に帰って勉強をしなかったのは、これが初めてだった。
 今まで動画を見ることくらいしか使ったことのないパソコンに向かい、初めてエクセルというものがあるのを知った。なぜだかやけに詳しい弟のレクチャーを受けながら、工程表を完成させていく。文化祭までにあるHRの数と、そこでしなければいけない内容を表にした、人生初のエクセル作業が終わったのは、夜中の十二時だった。
 ふとラジオをつけると、今日もまた同じ番組をやっている。しかし、パーソナリティーは変わっているようで、また違うタレントが出ていた。今度は名前しか知らない人だ。
 着替えて布団に入ると、今日の出来事が頭に浮かんできた。気の迷いのように立候補した、文化祭の担当。たった一日それをやる中で味わった、不思議な充実感に私は酔いしれていた。飯岡の行動力、発言力に引っ張られるようにして、私は変わっていけるような気がした。
 いつのまにか、『変わりたい』というその声を私は肯定している。
 それは、変わることができる、そう実感したからかもしれない。存外に現金な自分の感情に、私は自虐的な笑みを贈った。
. 目覚まし時計を四時半にセットし、すぐに眠りにつく。毎朝の習慣になっている、朝日を見ることを止めるつもりはまったくなかった。

 目覚まし時計のアラームがたてる電子音に目を開ける。
 四時間半しか寝ていないのに、やけに頭はすっきりとしていた。顔を洗って着替え、そのまま家の外に出る。空はすでにずいぶんと明るく、東の空には赤みがかった雲がいくつか浮いている。
 早朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、川沿いのサイクリングロードを目指した。歩いて二分程度のところにある。川沿いの土手の上にあるからか、遮蔽物がない状態で東の空が見えた。
 真っ黒なシルエットとなって視界の下の方で連なる山々と、その下に広がる町。そして幅の広い川を挟んで、私たちの住む町がある。
 サイクリングロードをしばらく歩くと、やがて小さな公園に着く。
 ここは、昼間こそ子どもたちが集まる場所になっているが、さすがに四時ともなると人がいない。そこのベンチの一つに腰を掛けて、朝日がのぼるのを待った。
 早朝の、まだ日がのぼる前の空気は、なにか特別なものを持っている。道を歩いていても、ベンチに座っていても、なにか自分のしていることが特別な色を帯びるのだ。その感覚が、私は好きだった。
 やがて、一筋の光が山の一端からこぼれ落ちた。
 その光が、一瞬にして周囲の景色を明るく塗りつぶしていく。当然私も塗りつぶされる。朝日を浴びていると、私の中が綺麗になっていくような気がした。心のなかでせめぎ合っている窮屈とした感情から、この時だけ解放されるのだ。いいのか悪いのかは分からない。ただ逃げているだけなのかもしれない。けれど、私は朝日を見るのが好きだった。
 新しい一日を始めさせる朝日が、私に新しいことを始めさせる勇気を与えてくれているみたいだった。
 家に帰ると、朝ごはんまでにずいぶんと時間があった。
 その時間を利用して、昨日出来なかった分の復習と予習を済ませる。時間は、作ればいくらでもあるものらしい。委員になったからといって、なにも問題はでない。
 その日、学校に向かう足取りは軽かった。





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踏ミ出シタソノ足ハ<第三話>

踏ミ出シタソノ足ハ




【3】

「ええと、神井さんだよね」
 授業が終わり昼休みに入った途端、飯岡が机の前までやってきた。
 答えずにただ頷くと、手を差し出してくる。握手のつもりらしい。予想以上に大きくて暖かいその手を握ると、飯岡は嬉しそうに笑って、ブンブンと手を上下に振った。座ったままの私には、結構キツい体制だ。
「――でさ」
 飯岡が、手を離してからそう切り出した。
「夏休みが始まる前には、クラスでなにするか決めときたいんだけど、それについて今日の放課後話さねぇ? これからの予定とかさ」
 ふと疑問に感じて、質問を質問で返した。
「部活は?」
 見るからに運動系、といった外見の飯岡はなにも部活に参加していないのだろうか。すると、飯岡はすこし恥ずかしそうに頭をかき、
「オレ、帰宅部。中学まではサッカー部だったんだけど、高校に入ってからはいろんなことに挑戦したかったから、止めた」
〝いろんなことに挑戦したかったから〟いう理由がなんだか彼のイメージにぴったりだった。
「分かった、でもいろいろとあるから放課後は五時まで。基本的に昼休みに話し合って、放課後家で作業をするっていうのでどう?」
 実際は、勉強以外に何をやっているわけでもない。けれど、突然生活の中にいろんなことが入り込んでくるのを、どこか阻止しようとしていた。自分でも気づかないくらいわずかに、声が棘を含む。
「いいよ。実際にどこまで出来るかわからないけど、最初はそれで始めて見ようぜ」
 飯岡は全く意に介さないようで、あっけらかんと同意した。外見通り、鈍感なのかもしれない。
「じゃ、放課後にまた」と言い残し、飯岡は踵を返した。
「また」と私もその背中に返した。
 ふうと一息ついていると、
「なにがあったの?」
 すぐ後ろから、低い声がした。それに伴い、背中をツゥーっという感触が走る。悪寒が背中をぞくっと走り、私は小さく声をあげて、飛び上がった。
 そこにいたのは、啓だった。睨むと、すました顔で手に持った弁当箱を振る。
「一緒にご飯、食べよ」
 振った弁当箱の中身は大丈夫だろうかと心配になった。
 ガタガタと机を寄せて、啓と昼ご飯を食べる。見るからにおいしそうな啓の弁当は、すべて自分で作っているそうだ。本人曰く「家族に作らせたら不味い」かららしい。
「それで、もう一度聞くけど――なにがあったの? まさか紗綾が恋とか言うんじゃないよね」
 視線をそらしてご飯を食べる私に、啓が目力を強めて言った。肩より少し下で揃えられた髪が、少し揺れて、止まった。
「別に……なにも」
 そう口ごもり、また自分の弁当に突撃する。今日は、三色弁当だ。鳥そぼろと卵、それにサヤインゲン。色彩がきれいなので、好きなものの一つだ。
「嘘つけ」
 啓がばっさりと切り捨て、自分の弁当に箸を伸ばした。と、それをやめ、そのまま箸で私を指す。
「紗綾が、急にこんなメンドクサイものに立候補するわけがないじゃん」
 ぐさりと急所を突かれ、私は思いっきりご飯を口の中に詰め込んだ。「すごい顔になってるよ」、と啓があきれた声で言う。「うるひゃい」、飲み込みながらしゃべると、変な声になった。
 啓は言うことに容赦がない。けれど、どこか包容力があって、そこが私と気が合う要素の一つなのかもしれない。
「うん。確かにメンドクサイ。正直参加しなくていいと思う、文化祭とか。って思ってた」
 そう言うと、啓は眉をひそめた。
「なら、なんで立候補したの?」
「なんでだろ……」
 あの時は、何かがおかしかった。
 そうすることによって――、
「なにかが、変わるかもしれないって思ったから、かな」
 言ってから、自分が口に出したことに気付いた。けれどもう遅い。すでに啓の耳にはその言葉が届いてしまっている。
 なに恥ずかしいことを言っているのだろう。
「あ……いや、そんなことは」
 慌てて否定しようとするものの、時すでに遅し。啓は私の顔を、見つめていた。バッチリ聞かれたに違いない。
 しばらくの沈黙ののち、
「ふうん」
 啓がやけに明るい声でそう言った。そして、視線を弁当の方に移して、攻撃を始める。
「なら、いいんじゃない? 頑張ってみれば」
 口にご飯を詰め込みながら「私も、応援するよ」そう呟く。
 予想外の答えに、手から箸が一本落ちた。クールな啓がそんな事を言うとは信じられず、箸も拾わずに顔を見つめる。頬が少し赤くなっていた。
 今度は、私が、
「すごい顔になってるよ」
 という番だった。
「うるひゃい」
 やはり変な声で、啓は答えた。その声は、どこか照れ隠しのようだった。
「私だって、少しは変わりたいって思ってる」
 やがて、咀嚼し終わると啓がぼそっと言った。その耳が真っ赤になっているのを私は見逃さなかった。








<第四話へ>
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踏ミ出シタソノ足ハ<第二話>

踏ミ出シタソノ足ハ

【2】

 次の日、HR《ホームルーム》で、文化祭の話題が出た。
 私達がこの学校にいる間に関わる、卒業式を除けば最後の行事だ。十一月の三週目。体育祭の三週間後に行われる、学校で一番大きく盛り上がる行事。
 しかし、クラスのテンションは低かった。私もそうだ。正直なところ、ここで最後に盛り上がってどうするというのだろう。
 そもそも、センター試験を受ける人にとってはちょうど追い込みの時期だ。悠長に文化祭の準備とかをしているような時期じゃない。
「あー、実行委員を二人決めて、そいつらに進行を任せようと思う」
 すこし髪の生え際が後退している、いたって地味な担任が言った。そして、チョークを持つと黒板に向かい、
「立候補。それで人が足りなかったら、推薦な」
 それから、ほれ、と顎で私達を促した。クラスが、控えめにざわつき始める。その内容は、主に消極的な言葉か、誰かやってくれる人に丸投げしようとする責任放棄のつぶやきだ。
 その時、ハイっ、と鋭い声が上がり手を上げたヤツがいた。
 それは、チビだった。
「おお、イイオカか」
 先生が、読みにくくも読みやすくもない文字で、黒板に『飯岡』と書く。そして、下線を引いてその名前を強調しながら、「ヤル気があるのはいいが、勉強もおろそかにするなよ」と釘を刺すように言った。
 それを聞いて、ますます私の心は冷えていった。
 盛り上がる一部の男子と、頭をかくチビ――もとい飯岡。それらがすべて、冷たい氷の檻の中に閉じ込められているかのようなそんな錯覚があった。どうせ、こんなテンションじゃ、楽しい文化祭にはなりやしない。いっそのこと、なにもせずに他のクラスの催しを楽しんだほうがずっといい。
 しかし、心が冷えていく一方で、どこか高揚した気分が私を支配していた。これで委員になれば、私は変われるかもしれない。飯岡と一緒にいれば、きっと、ここから新しい私を始められる。
 ――こんな自分は嫌だ。ただ惰性のように活きる自分は。
 心の底で、そんな理想を唱え続ける自分。それを、初めて肯定してみようと思った。

 ――はい、やります。

 そう手を上げて言った自分の声が、やけに遠くの音のように聞こえた。
 クラスが静まり返る。
 私を、ひとりが見た――みんな見た。視線が集まっているのが分かり、一気に心臓の鼓動が跳ね上がった。ふと、同じく立ったままだった飯岡と視線が合う。飯岡は、ただ楽しそうに、ニヤッと笑った。
「あー、カノイか。かのい、かのい……と」
 担任は、ダルそうな基調で総つぶやきながら出席簿を見つめ、「ああ」と呟いた。
「こうか」
 そして、黒板に『神井』と書いた。
 私と、飯岡の名前が黒板に二つだけ並んで書かれている。
「あー、じゃあうちのクラスの文化祭の担当は、神井と飯岡の二人でいいな」
 これ以上書き加えるつもりがないのを強調するかのようにチョークをおき、担任がクラスを見渡して静かに言った。誰も答えなかった。ただ、どこから始まったのか、ぱちぱちという拍手の音が一気にクラス全体へと広がった。
 それは、どこか空虚感を感じさせる音だった。






<第三話へ>
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踏ミ出シタソノ足ハ<第一話>

踏ミ出シタソノ足ハ


【1】

 かぶり慣れないキャップを頭にのせて、川沿いのサイクリングロードをぶらぶらと歩く。横目に見る山は、濃い緑に覆われていて、今が初夏であることを改めて実感する。
 こんな平日の明るい時間に、散歩をしている女子は珍しい。通り過ぎるのは、小さな子どもか、それともある程度年をとった大人だけだ。
 十分ほど歩いて、そのまま土手の草に腰掛けて、山を見つめる。
 少年特有の、甲高い声が後ろから聞こえ、そのまま通りすぎていく。それが、否応なしに今日の学校であったことを私に思い出させた。
 ――『勉強、かったりぃ!』
 昼休み。そう叫んだやつがいた。名前はそもそも覚えていない。ただ、私よりも小さな男子だった。その時点で、「チビ」と呼び名を自分の中で決める。
 勉強がダルイなんて、日常的にみんな言っていることだ。いまさら聞いても目新しさも何もない。しかし、なぜだかその声は私の耳に入ってきた。どこかで聞いたことがあるような声だったからかもしれない。
 ――『じゃあ、勉強せずにすることが何かあるのかよ』
 そのチビと一緒にいたほかの男子が、そう冗談めかしていった。チビは、肩を大仰にすくめてみせ、『いや、なにも』とひょうきんな声で答える。そして、続けて、
 ――『でも、絶対に見つけるよ』
 そう、自信のこもった声で言い放った。
 私はそれを、身じろぎもせずに聞いていた。自分ではそんなつもりはなかったのに、けっこう長い間、固まっていたらしく、友だちに「なんで、石になってんのよ」と呆れ顔で笑われ、なぜかデコピンを食らうことになった。
 私は、デコピンを食らいながらも目でチビを追っていた。
 なぜだか、どう見てもダメ人間にしか見えない彼が、私には輝いて見えた。何も出来ない私も、彼のようになれば変わっていけるのかもしれない。そう、心のなかで思った。
 私は一応、過不足ない人間としてクラスの中では通っている。確かに勉強もなにも遅れているつもりはない。でもそれは、なにもやりたいことが他にないからだ。
 しかしそんな私は、彼に憧れを抱いてしまったのだった。
 思い出してみると、実におかしなことだった。なぜ、そんな感情を抱いてしまったのか、分からなかった。だいたい、私に彼みたいになれるわけはないし、なりたいとも思わない。今のままで十分に満足しているのだ。やりたいことがない私みたいな人間に、勉強しない理由はない。このまま勉強して、そのまま進学して……それでなんの不満もない。
 しかし、これ以上深く考えることを拒否して、私は立ち上がった。そのままうーんと伸びをして、空を見上げる。山際から湧き上がる入道雲と、眩しい太陽、真っ青な空はやっぱり綺麗だった。
 アップビートの曲を口ずさみながら、リズミカルに帰路につく。家に帰ったら、今日の復習と明日の予習、それに宿題が待っている。それを楽しみとも、面倒だとも考えず、私はそれをどうやって効率良く終わらせるのか、ということだけに意識を向けて家へと向かった。

 高校三年生にもなると、当然のようにみんなこれからのことを考えている。志望校なんかも決めて、それに向けて勉強中だ。
 クラスには一部、専門的な方面に進む人もいるらしい。
 そんな人も含めて共通していることは、みんな「将来を見据えている」ということだった。
 そんな中、ほとんどなにも考えずに勉強している人間は、私以外にどれくらいいるだろうか。ただ、人生の目標が定められず、勉強した先に何かがあるのではないかとぼんやりとした希望を持ち、惰性のように毎晩机に向かっている。そんな人が。
 深く考えたくなかった。
 このまま流れに従っていけば、なるようになるはずだ。
 ――でも、このままじゃいけない。こんな自分から変わりたい。
 心の底で小さな声があがる。けれど私は、その声をさらに奥へと押さえ込んだ。これは、単なる美しく飾り立てられた理想だ。そして、このまま流れにのって行きたい、そう思っているのが本当の私だ。理想は捨てて現実を見なければいけない。

 ただなにも考えず、ノートに要点をまとめていく。
 時計を見ると十二時だった。
 今日はここで止めておこう。鉛筆を放り出して、思いっきり伸びをする。そして、今日やった分のノートを見なおした。ずいぶんと多い。
「よし、今日も頑張った」
 自分にねぎらいの言葉をかける。そして、満足感に浸りながら、眠りにつく――はずだった。しかし、その時また昼間に聞いたチビの言葉が耳の中でこだました。
 ――『いや、なにも。でも、絶対に見つけるよ』
 自信に満ちた声だった。
 私も、あんな風に言えるようになりたい、そんな想いが自然と心のなかに湧き上がった。同時に『変わりたい』その声が、心のなかに蘇る。
「違う!」
 思わず、声に出していた。
 ――私は、変わりたくない。
 このままがいいのだ。このまま、流れに乗って、そうして生きていきたい。
 しかし、心の声は止まなかった。『変わりたい』そう繰り返し続ける。
 ――『変わりたい』
 ――『変わりたくない』
 どちらが、理想で、現実で、本当に私の思っていることなのか分からなかった。タンスの上で眠っていたラジオの電源を入れる。だんだんと頭の中を覆い尽くしていくその二つの単語を、私はこれ以上聞きたくなかった。
 昔、夜更かしをして聞いた番組の懐かしいジングルが流れだした。意識を、番組の方へと切り替える。
 好きなタレントが、いつのまにかパーソナリティーに変わっていた。テレビとは違う声がラジオで流れていく。それを聞きながら、着替え、そのまま布団に入る。
 結局その晩は、ラジオをつけたまま、私は眠りについた。






<第二話へ>
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踏ミ出シタソノ足ハ〈紹介〉

踏ミ出シタソノ足ハ

あらすじ

いつまでたっても自分は前に進めない――。
自分の踏み出した足は、どこへ行ってしまったのだろう。
変わりたい、けれど変わりたくない。そんなどこか矛盾したような気持ちを抱きながら生きる主人公は、ある出来事をきっかけにクラスメイトの飯岡に憧れを抱くようになる。
彼と一緒なら変わることも怖くない。
そう思い新たな一歩を踏み出したかのように見えたが――……




解説

この時期の人間なら誰でも抱えているような、そんな「アタリマエ」の感情を小説にしてみようとしました。
この作品は、二年前の年末(2011年ですね)に、某所の年越し企画へ投稿させていただいたものです。その際にいろいろな意見をいただき、新しく改稿したものもあります。しかし、ほとんど別作品となってしまいましたので、それはまた別の小説としてUPさせていただきたいと思います。
自分の中にある一つのもやもやのようなものを、なんとか解決しようとして書き始めたこの小説でしたが、結局解決できたのかどうかよくわかりません。何度も改稿し、その度にまるで違う答えが出てくる不思議な作品だと自分では思っています。
時間がなく、かなり強引にまとめてしまったところが自分の中では大きな反省点ですが、せっかくなのでUPさせていただきたいと思います。




各話リスト

<第一話>
<第二話>
<第三話>
<第四話>
<第五話>
<第六話>
<第七話>
<エピローグ>

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運動不足

DIARY

クラブを引退してからかなりの時間が立ちました。
さて、その結果。
お腹がたるみつつあります。いえ、わずかですよ! 服の外からはわからない程度ですから!!
しかし、それをどうにかしないと自分としては気が気ではないのです。

止めてもまったく太らないどころか痩せたとかのたまう人間が周りにあふれる中、どうして自分はそうなてしまうのでしょう。これが体質というやつでしょうか。そうに違いありません。


頑張ってダイエットします……。

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さくら

DIARY

お久しぶりです。
この挨拶が最近恒例みたいになってしまい、なんだか怖い今日このごろです。
東京ではすでに桜がかなり咲き始めているとのニュースを聞き散歩がてらに調べてみたところ、自分の家の近くの桜はまだ一分咲きにも届かないくらいでした。桜吹雪が自分は好きなのですが、まだまだ先のようです。

さて。
今年で自分の生活もかなりの変化を迎え、なかなか小説に手を付けられない日々が続いております。
いえ、それは言い訳で、つけようと思えば時間を作っていくらでも書けるのですが……。しかしブランクのせいかなかなかはじめのいっぽを踏み出せず…ということを前回の記事でも書いていますね。相変わらず進歩のないところが自分らしいですが、なんだか悲しいです。

さくらといえば、卒業式の日にクラスで森山直太朗の「さくら」を歌ったことを思い出しました。
案外知っているような気がして、知らない歌なんですよね…。特に歌詞が覚えにくいという。結果、かなりグダグダだった記憶があります。
それもなんだか懐かしい思い出ですね。

最近、ふと思い立って映画を見てきました。
いろんなものをやっていますが、一つは「レ・ミゼラブル」です。自分はなぜだかこの作品に方々で縁があるのですが、それもあってかなりわくわくしながら見に行きました。内容的にはわくわくするものではないのですが…。
感想としては、まず映像に圧倒されました。
すごく綺麗でしたね…。もはやそちらしか覚えていないほど、結構ボー然としていました。ミュージカルを映画にしただけあって、どこまでも「歌」なのですが、その中でも今回自分が一番押したいのは、エポニーヌの「On my own」です。
雨に打たれながら、片思いの心を歌うエポニーヌに心打たれました。
あとで知ったのですが、あの方だけ、ミュージカル版のキャストが映画にも出ていらっしゃるんですね。びっくりしました。

もうひとつ見てきたのが「横道世之助」です。
それはもう、ほのぼのとした話でした。三時間近い話だったのですが、随所に挟まれクスッと笑える部分や20年後への移行なども相まって全然飽きません。飽きないと言うよりは、疲れないと言ったほうがいいかもしれません。全体的にとても好感の持てる映画でした。
最近見た中では、かなり好きな映画に入るかもしれません。
機会があれば、一度見にいってはいかがでしょうか、とオススメしておきます。


なんだか、レビューブログのようになってきたような…(キニシナイ!!
それでは、また近いうちにお会いしましょう!!


※重大な誤字を発見、修正しました
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バトンとか

DIARY

小説書きさんに聞きたい事バトン

Q1 小説を書く時に始めにする事は何ですか。
A1 大抵の場合、冒頭を書く
Q2 プロットはどの程度まで書き込みますか。
A2 作品によるが、だいたいはおおまかな展開のみ
Q3 キャラの名前や設定はどうやって考えますか。
A3 キャラの名前はその時浮かんできたもの。設定は、話にひねりをもたせようという方向で考えていく
Q4 キャラのセリフや仕草などの書き分けのコツありますか。
A4 その人の特徴となるところを、明確にしておくとやりやすいかも
Q5 一人称と三人称の書き分け方、地の文書く時に気を付けている事は何ですか。
A5 長くなりすぎないこと。視点がぶれないこと。
Q6 情景描写や心理描写のコツや勉強法はありますか。
A6 自分の文章に酔わないように気をつける
Q7 やってはいけない事は何ですか?
A7 作品を通して他人を傷つけること
Q8 小説を書く時に自分なりの書き方、コツがあったら教えて下さい。
A8 思いついたら書く
Q9 上手いなと思う小説を教えて下さい。
A9 夏の庭
Q10 最後に一言。今まで書いた作品の一文でもいいので何か書いて下さい。
A10 眺めていると、自分の背筋まで伸びてしまうような凛々しい花だった。
こうしてやってみたわけですが…ううむなんだかそっけない感じになってしまいました。
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かるた

DIARY

こんばんは。
grhoです。
最近、かるたにハマっています。

そうです、競技かるたです。なんだかよくわからないうちに札がたくさん飛んでくあれです。あれにすっかりハマってしまいました。
さて、その理由ですが、大抵の方はすでにお分かりだと思います。
この世の中には、「ちはやふる」なる漫画およびアニメがありまして、それがとてつもなく面白いのです。少女漫画発ですが、内容は熱い! 少年漫画と言ってもいいほど熱いです。相当なマイナー競技である「競技かるた」でここまで盛り上げることができるとは、作者の力量を感じます。
ぜひぜひおすすめしたい一冊です。

とにかく、そうしてハマってしまいはや二ヶ月ほど。
昔から学校の大会でちょこちょこやっているので、百首は覚えているのですが、同じく漫画でハマったお隣さんの家に言っては、札を並べ、漫画を見ながら真似をする日々が続いておりました。
そして昨日。
ついにカルタ会へと顔を出してきたのですが、のっけからビビりました。
わかってはいたのですが、自分よりも年下の子供たちが、それは恐ろしい顔をして向かい合っているわけです。正座をして。そして畳から予想以上に大きな音がバンバンするわ、隅っこで見学していると、音を認識する間もなく札が飛んでいくわで、もうてんやわんやでした。
でも、いざ競技が終わってみると、みなさんとても気のいい人達ばかりで、なんとか話すこともでき、一試合だけさせてもらって来ました。普段同じ人(お隣さん、弟)とばかりやっているので、違う人だと新鮮で、とても楽しかったです。当然ながら負けましたが。
特訓しなおして、また挑戦してこようと思います。

そんなこんなで、ようやく頭を使うようになった自分ですが、どうにか生活のリズムを建てなおすことが出来たところで、ゆっくりと連載の方は再開していきたいと思います。
今しばらくお待ちいただければ幸いです。(←待っている人なんかいねーよというツッコミは禁止

寒の戻りが続いていますね。
あと少しで近畿は暖かくなるそうです。
どうかお体にはお気をつけてお過ごしください。それでは、近いうちにまた。


grho



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3.11

DIARY

あれから二年ですね。

お亡くなりになった方々、現在も被災されている方々、全ての苦しんでいらっしゃる方々に祈りを捧げます。


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冬の雨

DIARY

最近雨が続いていますね……。
憂鬱です。

ということでまったく小説とは関係のない話題が続いていますが、grhoです。
さて、最近といえばちょうどこの前『ビブリア古書店の事件手帖』の四巻が発売になっていましたね。なんだかんだで三巻まで読ませられてしまっただけに、続きが気になります。
図書館で予約したらおそらく半年くらいかかるので、買うかどうか迷うところです……。

しかし迷わずに買ったのが、宇宙兄弟(こちらはマンガ)の二十巻です。
相変わらずアツい!!
アニメの方もこれから夕方枠に移動だとか……。
ますます絶好調のようです。かくいう自分も昔hあ宇宙飛行士に憧れた立派な子供でしたから、いつでもこの漫画には胸がアツくなります。


そろそろ復活ということで、今年は何を書こうかと考えていたのですが、せっかくの節目なのであまり挑戦したことのないジャンルにいくつか踏み込んでみたいと思います。
  • ミステリー
  • ホラー
  • バトル
  • 時代
  • SF
こんなところでしょうか……。
これは多いですね。
だがやってみせる!! ということで、少しずつこれらのジャンルに挑戦していくことにします。まだまだ自分の範囲を狭めたくないので……。

あとは、一つ長編を完成させて公募に出すこと、それとサイト内連載のほうを区切りをつける。
このあたりが目標になると思います。
相変わらず気まぐれでどうなるかわかりませんが、ハッキリと決まりましたらまたお知らせいたします。いや、なんだかお知らせというと凄くおこがましいですね。
もしお暇でしたら目を通していただけると幸いです……くらいが身の丈に合っているような気がします。


またもや雨のしとしとと降る窓の外を眺めながら、ここらへんで終わりたいと思います。
それでは、また。


grho







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漫画の紹介とか。

DIARY

こんな時間に失礼します。
grhoです。

ここのところ寒波が続き、自分が住む古代の都でも寒い日が続いています。
とはいえ、まだこちらはマシな方。
みなさま、いかがお過ごしでせうか――と少し真面目にスタートを切ってみます。

さて。
ずっと小説から遠ざかっていた(ある意味ではとても近かったとも言えますが、あまりにも深い話になるので割愛)わけですが、その間にいろんな漫画との出会いがありました。
その中でも一番大きかったのがこれですね。
最近話題の「月刊少女野崎くん」です。

現在ガンガンオンラインで連載中ですが、これがすごく面白いんです。
作者は椿いずみ先生。俺様ティーチャーという名前を出すと、聞き覚えるのある方もいらっしゃるかもしれません。
まぁ、一度読んでみろ。そして笑え、とそういいたくなる作品です。
具体的には主人公が女子高生で、野崎くんという無骨な男に恋をするんですが、彼が実は世間で大人気の少女万課だった、というところからスタートして、話がどんどんと進んでいきます。
基本四コマで、絶対に落ちがあるので、毎回笑いながら読み進められます。
とにかく濃いキャラ、しかもこれまであまり見たことのなかったタイプのキャラがどしどしと登場し、話もどんどんとにぎやかになっていくのですが、とにかくおすすめです。

おそらく今ならどんな本屋にでも置いてあるような気がするので、一度手に取ってみてはいかがでしょうか。



久しぶりなので、とりあえず漫画の紹介とかしてみました。

それでは、また。


grho


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プロフィール

grho

Author:grho
主に読書を趣味とする学生。最近はよく年上に間違われて、ショックを受けています。
昔は、囲碁や園芸、パン作り、サイクリングなどにはまったこともあり、いろいろと無駄な知識が多かったりします。
自分の好きな作品の雰囲気を自分で再現してみようと作品を書き始めてみるも、自分の実力に唖然とし、ただいま修行中。
小説としては有川浩さん、佐藤多佳子さん、灰谷健次郎さんのファンです。
漫画は萩尾望都さん、日渡早紀さん、高橋留美子さん、羅川真里茂さん、小畑健さんなどが好きです。

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